第11話 深夜の会合
アルビオン家の屋敷に戻ると、一瞬にして大変な騒ぎになった。
「お坊ちゃまがた、ご無事ですか!?」
「なぜシャルロット様がお怪我をされて……」
「修練場から突然いなくなったと思えば……いったい何があったのですか!?」
傷を負ったシャルロットと、意識を失ったエドワードとシドワードの姿を見た使用人たちが驚きと動揺に包まれている。
そんな中、大きな声が廊下に響き渡った。
「何事だ!?」
怒気を孕んだ声の主は、アルビオン家の当主ガドだった。
彼は混乱の中、唯一無傷の俺を見つけるとすぐさま怒鳴りつけてきた。
「何だこれは!? 怪我をされた殿下に、意識を失ったエドたち……お前が何かしでかしたのか、レスト!」
「いえ、俺は何も――」
「ではなぜ貴様だけが無傷なのだ!? 納得のいく説明をしてみせろ!」
ガドの剣幕に圧倒されながらも、俺は必死に弁明しようとする。
だが、そこに割って入ったのはエステルとシャルロットだった。
「レスト様は何も失態を犯されてなどおりません。むしろ私の命を救ってくださった恩人なのです」
「なっ!?」
シャルロットの言葉を聞いたガドの顔が驚きに歪む。
続けてエステルが事の顛末を説明し始めた。
「それよりも一つ説明をお聞かせください。私とお嬢様は、ご兄弟から普段より『アルストの森』を探索していると聞き、案内していただいたのです。しかし実際にはCランク魔物のガレウルフが二頭も現れ、このような事態になってしまいました。侯爵は本当に普段から、あのような危険な魔物が出現する森に子供たちだけで向かわせているのですか?」
事実を突きつけられガドは愕然とする。
その反応を見れば、彼も事情を知らなかったことは明白だ。
「『アルストの森』だと!? い、いえ、そのようなことは決して許可しておりません。恐らく二人が無断で……」
「なるほど、そういうことでしたか。しかしこうしてお嬢様に危険が及んだ以上、その責任は家主である貴方にあるのはご理解いただけますね?」
「そ、それは……」
エステルの追及にガドは言葉を詰まらせる。
事態の深刻さは理解しているが事実を否定することもできない様子だ。
そんなガドを見て、シャルロットが諦めたように息をついた。
「……ご安心ください。お二方の言葉を鵜呑みにした私たちにも非はあります。ですから、貴方だけに責任を負わせるつもりはありません」
「本当ですか、殿下!?」
「ええ。それに何より……たった一人でガレウルフを撃退し、私の命を救ってくれたレスト様に免じて、今回のことは不問としましょう」
「……は? レストが、一人でガレウルフを……?」
ガドは信じられないという顔で俺を見つめている。
そんな反応も無理はない。
俺がガレウルフを倒せるはずがないと、そう思っているのだろう。
しかしシャルロットは、さらに続ける。
「もっとも今回のお茶会において、私が会いたいと事前に告げていたレスト様を同席させなかったという問題もありますが……そちらはひとまず置いておくとしましょう。それよりもまずは体を休ませたいのですが、案内していただけますか?」
「………………」
ガドは硬直したまま微動だにしない。
そんな彼を見かねて、使用人の一人が名乗りを上げた。
「ご、ご案内いたします! どうぞこちらへ!」
「ありがとうございます。行きましょう、エステル。それからレスト様……もしよろしければ、また後でご挨拶させてください」
シャルロットは華麗に一礼した後、エステルを連れて去っていく。
そんな中、ガドは茫然と立ち尽くしていた。
「この愚息が、ガレウルフを倒した……? ありえん、ありえるはずがない……!」
その様子からは一種の狂気すら感じられる。
……どうやら面倒なことになりそうだ。
俺は小さくため息をついた。
◇◆◇
結局その日は、シャルロットたちも屋敷に泊まることになった。
「……寝付けん」
深夜、珍しく寝付けない俺は気分転換に部屋を出る。
するとそこで意外な人物と鉢合わせた。
「レスト様?」
「……シャルロット殿下」
月明かりに照らされたシャルロットは、いつもとは違う雰囲気を纏っていた。
真珠のように白い肌に、優美な曲線を描くネグリジェ。艶やかな金髪を束ねたシニヨンからは、可憐な花を思わせる香りが漂う。
その美しさに、俺は一瞬言葉を失ってしまった。
そんな俺に気づいたシャルロットは何かを考え込むような素振りを見せた後、どこか楽し気な表情で問いかけてくる。
「こんな深夜に出会うとは奇遇ですね、レスト様。もしよろしければ、少しお話でもいかがですか?」
「……ええ、もちろん」
ここで拒絶するのも変だったので、コクリと頷いて返す。
そんな俺を見たシャルロットは嬉しそうに笑った。
「では、せっかくですし場所を変えましょうか」
シャルロットの提案に応じ、俺たちは月明かりに照らされたバルコニーへと場所を移した。するとすぐ、彼女はその高貴な頭を深々と俺に下げる。
「レスト様、今日は本当に感謝してもしきれません。あなたが駆けつけてくださらなければ、私は命を落としていたかもしれません」
「いえ、そんな。お礼を言われるようなことではありません。それよりも殿下がご無事で何よりでした」
もしシャルロットが死んでいたら、一家丸ごと死亡エンド一直線だったし……という感想は口が裂けても言わない。
まあ、それを差し引いてもシャルロットを守りたかったのは事実だしな。
しかしそんな俺を見て何か勘違いしたのか、彼女は柔らかい笑みを浮かべる。
「……お優しい方なのですね、レスト様は。そんな貴方だからこそあれだけの実力を得られたのでしょうか。ガレウルフを一人で退けるなんて、レスト様の剣技は目を見張るものがありました」
「いえいえ、それほどのものでは。きっと私が来る前に、シャルロット殿下が弱らせていてくれたおかげですよ」
「いえいえ、あなたの活躍あってこそです。今回の一件で、私にはまだまだ学ぶべきことが多いと実感させられました」
なんだか「いえいえ合戦」が始まってるなとどうでもいいことを考えながら、シャルロットと会話を繰り広げていく。
その途中、ふとシャルロットは真剣な表情を浮かべ、夜空に浮かぶ月を見上げた。
「……ええ、そうです。だからこそ私は決意したのです」
そう言いながら、シャルロットは俺を真っ直ぐに見つめる。
夜空と月をバックに微笑む様は、ゲームでシャルロットが主人公に告白するシーンでのイベントスチルを彷彿とさせた。
(まさか、ここで告白される展開に!?)
ありえないとは分かっていながら、反射的に浮かび上がる発想。
しかしそんな俺の予想に反して、シャルロットの口から出たのはあまりにも想定外の言葉だった。
「レスト様。もしよろしければ――私たち、
夜空に高らかと響き渡る彼女の声。
残念と思うべきか安心したと言うべきか、どうやら告白ではなかったらしい。
というか、そもそも……
(……剣友って、何だ!?)
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