第12話 両者の主張
剣友、と聞いて俺は一瞬戸惑った。
そんな俺の反応を見て取ったのか、シャルロットが慌てたように言葉を続ける。
「えっと、剣友というのは要するに、志を共にする剣を扱う友達……一緒に競い合うライバルのことなんです!」
「な、なるほど」
丁寧に説明してくれた後(それでも剣友という名称自体は謎だが)、彼女はゆっくりと語り出す。
「レスト様。実は今まで、私にとっての目標はエルナ様だけでした」
シャルロットは少し寂しそうに微笑む。
「でも、エルナ様はあまりにも強すぎて……今の私では到底及ぶことはできません」
そう言いながらも、彼女の瞳には新たな光が宿る。
「ですがレスト様は違います。同い年であり、私より一枚も二枚も
俺はシャルロットにとって、手の届く位置にいる目標なのだろう。
そんな存在がずっと欲しかったのだと、彼女の瞳が雄弁に語っていた。
「レスト様のような方と切磋琢磨できれば、私ももっと強くなれるはず!」
彼女の言葉は、俺を仲間として求めている証だった。
「だからこそ思ったのです! レスト様。どうか、共に高め合える仲間として……私の『剣友』になっていただけませんか!?」
「…………」
その申し出に、俺は少し悩んだ。
未だに剣友というワードを使い続けるのかとも思ったが、それはさておくとして。
できることならゲームのシナリオから逸れたくない。それが俺の本心だった。
だが、今となっては時すでに遅し。
シャルロットと深く関わってしまった以上、好感度の下がる対応を取るのは得策とは言えないだろう。
それに何より……彼女からまっすぐに向けられた眼を見てしまえば、とてもじゃないが断る気にはなれなかった。
「分かりました。シャルロット殿下がそこまで仰るのであれば」
「っ! ということは……」
「ええ。これからよろしくお願いします、シャルロット殿下」
「はい、レスト様! それから……」
俺の答えを聞き、喜びの笑顔を見せるシャルロット。
だが次の瞬間、彼女の表情が真剣なものに変わった。
「どうかこれから、私のことはシャロ、とお呼びください」
「っ⁉︎」
その言葉に俺は内心で驚いた。
シャルロットはごく親しい相手にだけその愛称を使わせることを、俺はゲーム知識で知っていたからだ。
だからこそ、俺は反射的に断りの言葉を口にする。
「いえ、さすがにそれは……私とシャルロット殿下では身分が違いますし」
「むぅ、また言いましたね。他人の目など関係ありません。私がいいと言っているからいいのです! それに敬語も不要ですから、普段の口調でぜひ話してください!」
ああ、そうだった。
シャルロットは一度決めたら絶対に曲げない、強情な性分の持ち主なのだ。
それを知る俺は観念したように息をつく。
「……分かったよ、シャロ。これからもよろしくな」
その言葉にシャルロットの瞳が輝く。
そして、満面の笑みを浮かべてこう返した。
「はい! よろしくお願いします、レスト様!」
月明かりに照らされた二人の男女。
こうして一夜の会合は、静かに幕を閉じたのだった。
◇◆◇
翌朝。
シャロは早くに屋敷を発ち、王都への帰路に就いた。
別れ際、彼女はこれからも度々この屋敷を訪れると宣言していた。
剣友としての実践錬磨のためとのことだ。
それを聞いたガドは表向き喜びの言葉を返していたが、シャロが去った途端に複雑そうな表情を浮かべる。
「なぜ、よりにもよってレストが……」
そんな呟きを漏らすガド。
すると直後、ドタドタと数人分の足音が響き渡ったかと思えば、勢いよく複数の人物が部屋の中に入ってくる。
昨日から眠り続けていたエドワードとシドワード、そして第一夫人のジーラだ。
二人を見るなりガドは血相を変えて怒鳴りつける。
「貴様ら、自分たちが何をしたのか分かっているのか!? お前たちのせいで、危うくアルビオン家が潰れるところだったのだぞ!」
だが、そこにジーラが割って入る。
「それは違います、アナタ」
「……どういうことだ?」
ガドの問いに、ジーラは二人を庇うように答える。
「昨日の一件、私も事情を聞きました。確かに二人はシャルロット様を危険に晒しました。ですがそれは、殿下の覚えを良くしろというアナタの指示を忠実に守ろうとした結果。二人に責任はないでしょう」
「っ、だが失態はそれだけではない! お前たちのせいで殿下は、この愚息に興味を持ったというのだぞ! どう責任を取ってくれる!?」
(……ん? 責任?)
俺の耳に、違和感が引っかかる。
シャロが俺に興味を持つことと、責任がどう繋がるのか。
普段から俺を愚息呼ばわりしているとはいえ、アルビオン家の息子が王家と関わりを持つこと自体はガドにとっても悪くないはず。
その疑問を口にしようとした瞬間、エドワードが割り込んできた。
「そうです父上! そもそも殿下がそこの愚弟に興味を持ったというきっかけこそ、嘘偽りだったのです!」
「何だと?」
戸惑うガドに、エドワードが畳み掛ける。
「だってそうでしょう!? あの愚弟如きにガレウルフが倒せるはずがありません!」
「だが、殿下はその目でそれを見たとおっしゃられていて……」
「それは私たちが気絶する前、渾身の一撃をガレウルフに浴びせたからなのです! 愚弟はあくまで、最後の一役を買ったにすぎません!」
俺は記憶を手繰る。
確かにエドワードたちはガレウルフに攻撃を加えていたが、腰が入っておらず、ダメージにはなっていなかったはずだ。
だが彼らの中では、それが真実だと思い込んでいるらしい。
もしくはそれを信じてしまうほど、俺がガレウルフを倒したという事実が信じがたかったということか。
分析する俺の前で、エドワードとシドワードが続ける。
「殿下は魔物との遭遇に混乱されていたあまり、そのことが分からなかったのでしょう……仕方ないことです」
「問題があるとすれば、そんな殿下の混乱に付け込んだ愚弟です! これは決して許されるべきではありません!」
「なるほど……そういうことだったのか。だとするなら、すべてに納得がいく」
エドワードの言葉を鵜呑みにするガド。
どうやらガド自身、元々シャロが俺に助けられたなどというのは、何かの間違いだと考えていたらしい。
さすがに、この流れには納得がいかない。
俺は真実を伝えるべく口を開いた。
「いいえ、ガレウルフを倒したのは紛れもなく私です」
「っ、まだ言うのかレスト! 自らの立場も弁えぬ恥知らずめ!」
「――事実だと言っているのです、父上」
「っ」
低く抑えた俺の声に、ガドは思わず動きを止める。
だがすぐに顔を上げると、俺を見据えてこう告げた。
「ならば、それを証明してみせろ」
「証明?」
「そうだ。エドとシド、両者と同時に決闘を行い勝利してみせるのだ」
「二人同時に……ですか?」
「貴様はエドたち二人が敵わなかったガレウルフにたった一人で勝ったと主張したのだろう。それが本当なら、このくらい容易いはずだ」
その提案に、エドとシドが顔を見合わせて笑う。
「それは素晴らしい考えです、父上」
「二対一は騎士道に背きますが、愚弟の嘘を暴くためなら、女神様もお許しくださることでしょう」
……なるほど、そういうことか。
実は俺たちの間では、これまで模擬戦を行う機会が何度かあった。
だがその時の俺は、わざと手加減をして負けていたのだ。自らの力を隠すために。
そしてその結果はガドも目にしていた。
その経験から、三人は決闘で俺が勝てるはずないと信じているのだろう。
実際のところ、その推測は決して現実からかけ離れているわけではない。
エドワードたちがガレウルフに手も足も出なかったのは、彼らが初めての強敵相手にビビっていたのが大きい。
慣れた相手である俺になら、一対一でも優に匹敵する。さらに二人がかりともなれば勝負にすらならない。
それは紛れもない事実だ。
――――もっとも、それは昨日までの話。
ガレルをテイムし新たな力を得た今の俺に、その理屈は通用しない。
「いいでしょう。受けて立ちます」
「「「っ!」」」
自分の力を証明するにはいい頃合いだ。
そう思いながら頷いた際に思わず溢れた剣気が、三人の足を後ろに退かせる。
もっともガドに至っては、現時点ではまだ俺より数段上の実力者なはずなので、戸惑ったというのが大きいのだろうが……
そんな風に俺が冷静に分析していた直後。
突如として、一つの声が場に響き渡った。
「――おもしろい! ならばその決闘、私が立会人を務めさせてもらおう!」
全員が一斉に振り返ると、そこには白銀の髪を靡かせる美しい女性――エルナ・ブライゼルが威風堂々とした姿で立っていた。
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