第32話 人を殺めるということ

 健斗は賊の最後の1人が逃げ出すのを見て、すぐに決断した。


「リサリア、エレナ、馬車の中に隠れていてくれ。すぐに戻る」


 2人は健斗の真剣な表情を見て、黙って頷くと馬車の中に身を潜めた。


 健斗は賊を追いかけながら、自分の中で湧き上がる感情を整理していた。また、己を高め人を殺すことへの忌避感を少なくすべく、半ば自己暗示を掛けていく。昔、何かの本で読んだ気がしたのだ。


「このまま奴らを生かしておけば、もっと多くの人が被害に遭うだろう。アジトまで案内してもらって、全部片付けて宝をいただくぜ!もう女の泣きそうな顔は見たくない!俺がやれば済むじゃないか!」


 まるでゲームのミッションをクリアするかのような感覚が拭えなかったが、そう錯覚させることでしか殺すことができない。


 賊は健斗の圧倒的な力に恐れをなして逃げていたが、健斗の足は早く、難なく追いつき、少し距離を置いて追跡し、辛うじて追いつかれない感を出して恐怖心を煽っていた。


 森の中を抜け、15分ほど走ったところで、彼は小さなログハウスが見えてきた。賊はログハウスに逃げ込み、叫び声を上げていた。


「助けてくれ!奴が追ってくる!」


 健斗は賊がログハウスに逃げ込むのを見届け、冷静に周囲を確認した。道中「俺は今ゲームのような世界に囚われているだけだ」と自己暗示を掛けていたのもあり、既に直接人を殺すことに対する忌避感がほとんどなくなっていた。それがゲーム感覚に支配されているせいだと理解しながらも、彼は自分の行動に迷いはなかった。


『ここで全て終わらせる!』


 ログハウスの前に立ち、健斗は深呼吸をしてラケットを構え、心の中で決意を固めた。


 ログハウスの扉が開き、数人の賊が武器を構えて出てきた。健斗は即座にボールをショットし、一撃で彼らを吹き飛ばした。ログハウスの中にいた賊たちはその理不尽なまでの力に恐れをなして逃げようとしたが、健斗は容赦なく次々とボールを放ち、全ての賊を倒した。 


『しまったな。1人は生かして尋問するんだったかな』


 そう心の中で呟くも、処刑として殺すのはちょっとなと思うので、勢いのまま全滅させて良かったと自己暗示を掛けて精神の安定を図った。


 ログハウスに入ると、部屋の中を調べる。すると、予想通り様々な宝や貴重品が積み上げられていた。そしてボールが当たった時に扉が破壊されたとしか思えない檻を見つけたが、もぬけの殻だった。


「これでエレナの旅費や生活費も安心だな」


 健斗はほくそ笑んだ。賊が持っている物は倒した者に所有権があると言っていたので、合法的に得たことになる。


 健斗は急いで宝を袋に詰め、賊の頭から出ているステータスカードを回収すると再び馬車の元へ戻った。街道から外れた茂みで大人しくしていたのもあり、リサリアとエレナは無事で、健斗が戻るのを心配しながら待っていた。


「健斗様、大丈夫でしたか?」


 エレナが心配そうに尋ねた。


「大丈夫だよ。全部片付けた。これで安全だ」


 健斗は笑顔で答えたが、心の中では自分の行動に対する違和感を感じていた。そう、自己暗示が解け始めたのだ。


 リサリアは健斗の様子をじっと見つめた。


「健斗様、本当にお疲れ様でした。これからはもっと気をつけて進みましょう。その、辛くなったら言ってください。私の胸でよかったらお貸しします。あっ、そういう意味じゃなくて、ほら、男の人って涙を見られたくないって思うから、私の胸を濡らしても良いのよってことよ」


 最後は慌てるも、優しく言った。


 健斗は頷き、馬車に乗り込んだ。再び旅が続く中、彼は自分の中で湧き上がる感情と向き合うことを決意した。この世界で生きるためには、冷静な判断と強い意志が必要だと痛感したのだった。


『これからも、みんなは2人だけど、守るために頑張るぞ』 


 健斗は心の中で誓いを立て、馬車を進め続けた。彼らの冒険はまだまだ続いていく。

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