第16話 エレナの限界
健斗は体を差し出すからと、再び申し出たことに驚いた。最初の時に美女であるリサリアの申し出を受け入れたら、確かに男としての欲望は満たされるかもしれないが、そんなことをすれば彼は社会的に抹殺されるだろうと感じていた。
一度断ったと言うか、必要ないと告げたのに、またもや人身御供となると言い出したから困惑した。また、彼女とはその様な関係ではなく、心を開いて恋人とまでは言わないまでも、普通に接して欲しかった。
「それは駄目だ!」
健斗は全力で拒否したが、リサリアの覚悟を決めた表情は変わらないので、ため息をつくしかなかった。
「そんなことをしても、誰も幸せにはならない。傷つけるつもりはないんだ。それに俺はリサリアとは対等な仲間として仲良くしたいだけだ。そんなことしないから、自分を大事にしろよ!」
リサリアは驚いたが、健斗の真摯な態度に心を打たれた。
「ごめんなさい・・・」
彼女は小さな声で謝った。
「大丈夫だ。俺たちは3人でこの困難な状況を乗り越えて行こうって決めたろ?それにお礼はエレナの親がくれるし、リサリアは俺にこの国の事を教えてくれるってことになったろ?それだけじゃ不安なら、頬にキスをするってのを加えてもらおうかな」
健斗はそう言いながら、リサリアの肩にそっと手を置き、『フッ。決まったな!これでリサリアが俺に惚れるかも?』としょうもない下心はあった。そしてエレナはその光景を見て微笑んだ。
「いつでも・・・その・・・頬じゃなく・・・」
健斗は再び人差し指で言葉を遮ったが、先程の一撃で傷が再び痛みだし、軽口を叩く余裕がなくなっていた。彼女も痛そうにしている健斗を見ると、罪悪感が更に増すが、今はその時ではないとドロップ品を拾う。
リサリアが軽く健斗の手を擦ると、不思議と健斗は手の痛みが引いた気がして出発を促した。
そうして3人は再び次の目的地を目指して歩き出した。
健斗の決意は固く、どんな困難が待ち受けていても彼は仲間を守る覚悟を決めていた。ただ、今の左手ではボールを自ら上に投げるのは無理だと悟った。今回はたまたま上手くいったが、次もちゃんと上に投げられる自信がなくなった。ボールを投げたら痛いと、体が痛みを覚えてしまったから次は力が入ってしまい、思うように投げられないと確信したのだ。
さてどうすべきかな?と思案し始めた。
まともというか道のない林の中を歩いていたのもあり、遂にエレナの体力が限界に達し、立ち止まってしまった。彼女は貴族の子女であり、特に高位貴族の一員として育ってきたため、こんな過酷な状況に耐えられる訳がなかった。寧ろこれまで何も言わずについてこられたことを褒めるべきだった。健斗もリサリアも遅かれ早かれこうなると分かってはいた。
「ごめんなさい、健斗様、もう歩けない・・・リサリア、どうしよう・・・」
エレナは息を切らしながらぼそりと言うとその場にへたり込んだ。健斗は彼女の状況からどうするべきか提案をした。
「エレナは俺が背負うから、リサリアが草や蔦を切り払ってくれ。俺は剣を使ったことがない。多分慣れない剣を振ると脚を斬るのがオチだと思う。『まだ左手が痛むし』それとエレナはラケットを持っていて!これが俺の、俺たちの命綱だから、大事に頼むよ」
健斗はリサリアに配慮した。左手の状態から背負うと言えば、彼女は罪悪感を覚えるだろう。それに剣なんて本当に握ったことなど無かった。
リサリアは護衛が使っていたロングソードを握り、道を切り開く。健斗がエレナを背負うことの提案を了承した。健斗の左手の状態から、藪を切り裂きながら進むのは無理がある。
「私もそれが現実的だと思います。左手は・・・」
「ストップ!俺の左手のことはもう言いっこなしだ。それよりエレナを守りながらどうやって進むのかを考えようぜ。」
リサリアは頷くと、エレナを健斗の背中に預け、健斗はエレナの背中に手を回して慎重に彼女を背負った。エレナは健斗の肩にしがみつき少し不安そうな表情を浮かべ、健斗は自分のリュックを前掛けスタイルにて身に付けた。
森の中は薄暗く、木々の間から差し込む光がわずかに道を照らしていた。足元には落ち葉が積もり、踏むたびにカサカサと音を立てた。健斗はエレナを背負いながら、慎重に一歩一歩進んでいった。
魔物が現れるたびに、エレナは地面に降りて健斗にラケットを渡し、リサリアがボールを投げるという作戦で対処することにた。そしてリサリアは万が一接近されたら剣で戦うようにすると、予め決めておいたのだ。
健斗たちが森の中を進んでいると突然、前方から低い唸り声が聞こえてきた。リサリアが剣を構え、健斗も警戒を強めた。
「何かが近づいてくる・・・」
リサリアが低く呟いた瞬間、巨大な熊のようなベアーが茂みから現れた。
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