第14話 出立の準備

 健斗の右手を握るリサリアの手は、わずかに震えていた。


「健斗様、お願いがあります。どうかお嬢様を王都まで護衛していただけませんか?今の私たちは賊に全てを奪われ、何も持っていません。それに健斗様が賊を倒してくださったので、奪われた物の権利は当然のことながら健斗様にあります。それにたとえお金があったとしても、私1人ではとてもではないですが、お嬢様を守りきれません。」


 リサリアは涙をこらえながら続けた。


「何でもしますから、お嬢様が王都に戻るのを助けてください!お金は体を売ってでもなんとかしますから!何でしたら奴隷としてお仕えいたします」


 健斗は驚きと困惑の表情を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待て!俺は君たちにお金なんて要求しないから!それに奴隷ってなんだよ!だから間違っても体なんて売るなよ!乗りかかった船だし、これも何かの縁だ!一緒に王都に行くからさ。お礼なんて事後で良いんだよ。エレナは貴族なんだから、当主様がお礼をくれるでしょ?だからそんなことはしなくていいから!それに君たちのお金だった分の権利は主張しないから」


 健斗は背景がよく分からないが、小説とかアニメの知識を動員して話を合わせた。


 リサリアは涙を流しながらも、健斗の言葉に安堵の表情を浮かべた。彼女の中で健斗への印象が少しずつ変わり始めていた。


「ありがとうございます、健斗様・・・」


 エレナも感謝の気持ちを込めて健斗に微笑んだ。


「本当にありがとうございます、健斗様。あなたのおかげで助かりましたわ。その、リサリアに酷いことをしないでくれてありがとう」


 酷いことってなんだ?と思うも、健斗は刺された仕返しに殴ったりしなかったことかな?と思う。エレナの【酷いこと】とは、手籠めのことだったが、微妙に話が噛み合っているようで噛み合っていなかった。ここでも、リサリアに対する紳士な対応に、健斗に対するエレナの評価は上がっていた。


「ああ、それよりも早くここを離れた方が良いんじゃないのか?安全とは言えないだろ?血の臭いに魔物や獣が寄ってくるだろうし。取り敢えず少なくとも俺は君たちと共に王都に行くよ。その後のことはその時考えるけど、しばらくは仲間としてよろしくな」


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


「健斗様、どうかお嬢様のことをお守りください」


 健斗が差し出した右手をエレナが握り、その上にリサリアが手を重ねた。


「出発しなければですわね。馬車の中にまだ大切な物や、路銀となる物があるはずですので、少しお待ちください」


 リサリアは大事な物を取り出すべく再び馬車の中に入ると、調べていった。大事な物といってもやはりお金で、その他の貴重品は賊に奪われたか戦闘で壊れたようだった。


「それでは追手を巻くために馬車に火をかけます」


 リサリアは馬車に火を放つことを2人に告げ、その場を後にすることに決めた。


 健斗はもったいないなと思うも、この世界のことを知らないため頷くしかなかった。


 ただ、エレナの着替えが見つかり、倒れた馬車の中で着替えた。目立ち方が変わらず、いかにも貴族のご令嬢様です!といった旅の服だ。


「じゃあここを離れよう。まだ安全じゃないしね。」


 健斗はエレナとリサリアに向かって言った。


「分かりましたわ」


 エレナは頷き、リサリアも同意した。


「ファイヤ」


 エレナが呟くと、指の先から小さな火が出た。先程までエレナが着ていた服に火を点け、リサリアは燃え盛る服を枝で掬うと、馬車の中に投げ入れた。


 健斗はその様子を見つつ2人を守る決意をしたが、当然左手が痛むし、血が止まった訳ではない。右手で何とかボールを上に投げ、ショットを放つことができるか?いや、最悪の場合ラケットを武器として戦うか?と戦闘について考えを巡らせていた。


 リサリアは健斗の横顔を見つめながら、彼への第一印象が誤解だったことを理解し始めた。恐ろしいと思っていた男が、実は誠実で優しい人物であることに気付いた時、彼女の心に微かな変化が生まれた。


「健斗様、本当にありがとうございます。どうか、これからもよろしくお願いします」


 リサリアの声にはかすかな感謝と、安心した者に対しての響きが混じっていた。

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