第13話 回収

 健斗は左手の痛みを意識から消すために、周囲を警戒しつつエレナと話していた。ナイフが左手を貫通しているにも関わらず、不思議と激痛ではなく我慢できる程度の痛みだった。ふと思ったのは、これがアドレナリンの力ってやつなのか?そのようなことを思っていたが、今はアドレナリンが切れたらどうなるのかについて考えないようにした。それよりも痛い素振りを顔や口に出したら、俺格好悪いよな?そんな思考から痩せ我慢をしていた。


 そんな感じではあったがエレナは健斗の飄々とした態度に、公爵家の騎士たちでもこうはいかないと、健斗を凄い人だと尊敬の念を抱いた。健斗が痛みを感じていることは知っている。先程リサリアがナイフを抜く時に、痛みから一瞬顔が引きつり、僅かではあるものの呻き声を発したからだ。それにも関わらず、それ以外痛い素振りを一切表に出さなかった。


『いきなりかよ』


 リサリアが不意打ちのようにナイフを抜いた時、健斗が少し呻いたことが痛みを感じていることを物語っていた。この健斗の痛みに対する耐性に、本来は引くところだ。しかし、エレナは違った。何故ならば命と純潔を守ってくれた【白馬に乗った王子様】的な存在に、少女が無条件に惹かれたのだ。


 リサリアに文句を言い、その軽口に応酬しているやり取りを見て少し嫌な気分になったが、エレナにはその理由が分からなかった。


 エレナが健斗の手を手当てしている間、リサリアは別の作業をしていた。本来ならば彼女が健斗の傷を見たり、手当をすべきところだった。しかし、彼女には主の手を煩わせてしまうことになろうとも、優先してやらねばならぬことがあった。


 エレナが健斗に話しかけながら手当てを終えようとしていた頃、健斗は何かが動く気配を感じた。気配のする方に視線を向けると、そこにはリサリアの姿があり、右手には血のついたロングソードと左手には袋が握られていた。


「それは?」


 健斗はリサリアに問いかけると、リサリアは袋からカードを取り出して見せた。


「ステータスカードを回収してきただけよ。死者の体から出ていたのを回収してきたの。つまり彼らの身分証を回収したの。死体は持って帰れないけれども、せめてカードは持っていきたいの。それとこの剣は護衛が使っていた剣よ。このナイフよりマシでしょ?」


 リサリアは無表情に答えたが、内心では健斗に対する恐怖と嫌悪感を隠しきれなかった。彼女の目には、冴えない顔と変な服装をした健斗が、エレナに対して良からぬことをしようとする危険な男に映っていた。40枚ほどのカードが入っている袋を持ってきた彼女の顔からは、表情が読み取れず、目は少し虚ろだった。


「馬車はもう使えないな」


 健斗は横倒しになって壊れた馬車を見渡しながら言った。


 エレナはまだ12歳か13歳ほどの子供のようだが、その服装から身分が高いことが分かり、かなり目立つ服装だった。リサリアは馬車の中から外套を取り出し、それをエレナに着せることで少しでも目立たないようにしようとした。


「エレナ様、これを着て少しでも目立たないようにしましょう。」


「リサリア、ありがとう」


 エレナは素直に外套を受け取り、身にまとった。


 外套を持って出てきたリサリアによると、馬車から回収できたのは初級の回復ポーションのみで、他のポーションは割れてしまっていたとのことだった。


 リサリアの手に握られていたポーションを見たエレナは、半ば奪うようにポーションを受け取ると、いきなりポーションを健斗の手にかけた。


「何をす・・・」


 傷は徐々に塞がり、明らかに痛みが和らいだのもあり健斗は押し黙った。それでも痛み続けているものの、格段に痛みは引いていた。


「血は止まりましたけれども、完全に治るまでは時間がかかりますわ。ごめんなさい。今はこれだけしかないのです。町に行けば治療も可能でしょうが、今はこれで我慢していただくしかありません」


 エレナは優しく言い、健斗はその言葉に頷き、周りを警戒する。


「血は止まったし、痛みも我慢できるレベルだ。助かるよ」


 そんな中、2人のやり取りを見ていたリサリアは健斗に向かって深く頭を下げ、神妙な面持ちで健斗の右手を握った。

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