第12話 組み伏せた女の正体

 馬車の中にいた如何にも高貴なといった感じの少女は「リサリア!」と叫びながら駆け寄り、健斗の前に立ち塞さがるように両手を広げ、涙を流した。


「あれっ?なんで賊をかばう?」


 健斗は戸惑いながらも、この状況に対して自分の理解が追いついていないことに気づいた。


「ごめんなさい、私はエレナ。あなた様が組み伏せているのは侍女のリサリアです」


 少女は焦りと感謝の混じった表情で健斗に説明をした。


「俺の名前は健斗。さっきは驚かせてしまったようで、すまない。侍女?…つまりこの女性は賊ではなく、味方で良いんだね?」


 健斗は痛みを堪えながら状況を確認しようとすると、エレナは涙を浮かべて何度も頷く。


 リサリアは健斗の言葉を聞いて目を見開いた。少女は少し下がったが、目の前には美女の顔と、主張の激しい胸が…


「勘違いから戦ってしまったのですね。申し訳ありませんでした」


「いいんだ。俺も誤解していたんだから」


「あのう、そろそろ私の上から退いていただけませんか?それとも助けたお礼にお前の身体で謝礼を払えというのならば、お嬢様でなく私を辱めるだけにして欲しいですわ」


 健斗はまだこのリサリアという女性の上にまたがっている状態で、首を横に振りつつ慌てて立ち上がり、彼女を解放した。実に微妙な立ち位置での会話だ。もちろん良い雰囲気になってそういうイベントに突入したとしても、ナイフが刺さった腕では無理だ。今はまだアドレナリンのおかげで、耐えられる痛みに収まってはいるが、痛いものは痛いのだ。


 そして痛みを思い出し苦悶の表情を浮かべた。


「お前、このナイフ抜けるか?」


「痛みますわよ。ごめんなさい」


 次の瞬間リサリアは左腕で健斗の腕を掴み、健斗が泡々するのを尻目にナイフを一気に抜き取った。さすがに、行きますわよとかカウントダウンするものと思っていたが、間髪入れずだった。彼女がナイフを握った瞬間、健斗は目を瞑ってナイフを抜く痛みに耐えようとしたが、痛みに耐えられず、抜き取られた瞬間「うぐっ!」と短い唸り声を上げた。


「叫ぶかと思いましたが、少し唸るだけですのね。すごいですわ」


「それより普通は行きますよと言ってカウントダウンすんだろ?いきなりなんてありえないぞ!」


「あら、折角の評価がだだ下がりですわよ?それにいきなりのほうが痛くないといいますわよ。現に耐えていらっしゃる」


「た、確かにそうだな。それより血が止まらんな」


 その様子を見たエレナは、いきなり自分のスカートの一部をナイフで切り裂いた。


「こんな布でごめんなさい」


 そう言いながら、健斗の手にしっかりと巻きつけて止血を試みた。


 一瞬痛みから顔を歪めたが、根性で声を上げなかった。


『こんな俺を褒めてあげたい!叫ばないなんてすごいよね?ダサい男と思われなかったよね?美女や美少女の前でぎゃー!って叫ぶのダサいだろ!』


 そんな馬鹿なことを思いつつ、傷の手当をしてくれている少女を見て微笑んだ。実に胡散臭い微笑みだが、エレナは痛みを堪えるための作り笑いだと理解しつつ、その精神力に驚いていた。


「ありがとう」


 健斗は感謝の気持ちを込めて微笑むと、右手でエレナの頭をなでた。


「私は公爵家の三女でエレナと申します。ユニムという者との婚約を回避するために来ていました。用が済み、今朝一番で王都へ帰るべく出発したところでしたが、見ての通り賊に襲われました」


 エレナは涙ぐみながら説明した。


『そうだったのか…。でも、俺が来なければどうなっていたか』


 健斗はエレナの言葉に心を痛めながらも、一方的に決めた自分の役割を果たす決意を新たにした。


「君は大丈夫なんだよな?」


 健斗はエレナに声をかけると、エレナは涙を浮かべながら頷いた。


「ありがとう、健斗様。でも、護衛が全滅してしまった今、どうすればいいのか…」


「済まない。もう少し俺が早く着いていれば護衛の人たちを死なせずに済んだのに。それより、とにかく早くここを離れよう。まだ安全とは言えないと思うからさ」


 ざっくりとした自己紹介をした後、ここを離れるべく準備を始めたのだった。

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