第3話 転移直前の日常(一部重複)

 転移する前日に戻る。(一部1話目と重複しています)


 この日の健斗は朝から異変を感じていた。首筋がチクチクしていたのだが、明日に控えた試合と昨日占い師に言われた内容が原因だろうと、健斗は自分に言い聞かせながらテニスコートでボールを打ち返していた。


 部活帰りに友達とショッピングセンターに立ち寄った時、怪しさ満点の占い師に出会ったのだ。ベールをかぶっていたが、その下から覗く美しい目元に引かれて、つい試合が近いからとゲン担ぎだとノリで占ってもらうことにした。


 占い師は怪しく笑みを浮かべながら水晶に手をかざし、どうやったのか色が変わり見入る。


「あなたには大きな変化が訪れるでしょう。でも、それは必ずしも悪いことではありません。油断すれば死にますよ。常に警戒を!」


 意味深な言葉が頭から離れず、ナーバスになっていたからか不安が募ったのだ。離れた後、その女がほくそ笑み『見つけたわ』と言ったことを知らない。


『悪いことじゃないって言ってたよな!?つまり、良いことだ!』


 健斗はそう自分に言い聞かせながら、テニスコートでボールを打ち返していた。サーブもスマッシュも、いつもよりちょっと軽やかで、空を切る音が気持ちいい。


「今日、なんだか風がいい感じだよな」


 健斗はラケットを振りながらつぶやいた。


「どうした健斗?いつも以上にテンション高いじゃん!」


 翔太が笑いながら聞いた。


「いや、朝から首筋がチクチクしてさ、なんかいいことありそうな予感がするんだよ」 


「そんなの気のせいだって。試合を控えてピリピリしてんだろ?勝ったらおごってやるよ!去年みたいに初戦敗退なんてすんなよ!」


「あれから俺も強くなったさ!まあ熱があったからな。今は体調も万全だ!見てろよ!」


 翔太と健斗の何気ない部活の1幕。


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 部活の終わりを告げるべく夕日が差し込むと、みんなで片付けを始めた。ボールを集めてネットを畳んだり、コートをきれいにしたりと自主的に役割分担をしていた。健斗は当番として最後の一回りをして、倉庫の鍵を返してから部室に戻った。


「おい、健斗。お前、朝から首筋がチクチクするとか、なんか変なこと言ってたって本当か?薬とかやってないよな?」


 副キャプテンがニヤリとしながら尋ねる。


「ああ、それなんっすけど、なんか朝から首筋がチクチクしてて、妙なことが起こる予感がするんすよ。変ですかね?」


 健斗は友達には強がったが、先輩には正直な気持ちを吐き出した。


「変なこと言ってんじゃねーよ。そんなことより、ちゃんと戸締まりしろよ!明日試合だから心配なのは分かるけどさ、気負うなって!試合に勝ったら合コンに誘ってやるよ!」


 先輩は笑いながらも、しっかりとした口調で言った。


「はいはい、戸締まりバリバリ任せてくださいって!それより言質取ったっすからね!可愛い子頼んますよ!」


 健斗はいつものように元気よく返事をした。


「泥舟に乗ったつもりで任せとけ!」


 先輩は健斗の返事に満足そうにうなずき、冗談をぶつけると倉庫を出て行った。健斗は口笛を吹きながら窓の鍵を回したりと、しっかり施錠がなされていることを確認した。今日も1日が終わり、新しい未知の世界が始まる予感がした。試合に勝ったら女の子を紹介してもらえる!ひょっとして女子のあの子か?と期待が膨らむ。


 倉庫の鍵を戻すと着替えるために部室に行ったが、丁度キャプテンが出ていくところだった。


 健斗に気がついたキャプテンが健斗の肩を叩く。


「これ、明日の試合の験担ぎだ。やはり健斗、お前に託すよ」


 そう言いながら小さな袋を渡してきた。袋の中には2球の未開封ボールが入っていた。これはテニス部の伝統で、キャプテンが次期キャプテンを託す者に渡すものだった。


「知っていると思うが、家に帰ったら自分の名前を書き、朝に意中の女子部員に渡せ。もう1個はその場でその女子が名前を書いて渡してくる。部の中の誰かが優勝したらデートするのが伝統なんだ。もちろんその女子も断れないから、誰に渡すかよく考えろよ。それと靴紐くらい変えとけ。試合中に切れたら洒落にならんからな。ほら」


 キャプテンは笑顔で靴紐を渡した。


 健斗は部屋に戻った時、自分の名前を書き込んだボールを誰に渡すかを考え始めた。頭の中には、いつも笑顔で応援してくれるあの子の顔が浮かんだ。彼女はテニス部のマネージャーで、健斗にとって特別な存在だった。既に副キャプテンの言葉は頭にない。


 健斗は妄想に耽っていた。


 『試合当日の朝、健斗は緊張しながらボールを彼女に渡した。彼女は驚きつつも嬉しそうに受け取り、その場で自分の名前を書き込んだ。


「優勝したらデートだからね!健斗先輩、ファイト!」


 彼女は笑顔で言った。


 試合は緊張感に満ちていたが、健斗は彼女の言葉と占い師の予言を胸に、全力でプレーした。結果は見事な勝利。試合後、健斗は彼女に向かって声をかけた。


「約束通り、デートに行こう」


 彼女は照れくさそうに微笑みながら、健斗の手を握り返した』


「よし、完璧だ」


 健斗は妄想から現実に戻り、テニスウエアから制服に着替えようとロッカーを開け、カバン(通学用のリュック)に手を伸ばしたその瞬間、眩い光がロッカーから放たれ景色が一変した。


 眩しさからつい閉じた目を開けると、見知らぬ風景が広がっていた。どう見ても異常で、異世界?とつい思うが、それはまだ厨二病の心をしっかり持った男の子。


 異世界に転生するなんて、ゲームや漫画でしか見たことがない。現実にこんなことが起きるなんて信じられないが、これは現実だった。


 健斗は何もない草原に放り出されており、目の前に広がるのは見知らぬ広大な草原・・・ 青い空、遠くに見える森、風に揺れる草がサワサワと音を立てている。


「ここは・・・どこだ?きれいなところで、空気もうまいな・・・」


 健斗は混乱しながらも、その美しい風景にしばし見とれていた。しかし、ハッとなり思いついたことを行う。


「やはりこれってさ、ついに俺も異世界に召喚されてたりしてさ、ステータスとかも確認できるやつか?そうだよな?あれやりますか!いつやるの?って今でしょ!」


 そう言って健斗はお決まりの言葉を口に出してみようとした。異常事態に不安に思うより、心の中に潜む中二病心が覚醒した感じで、異世界に来て無双できるんじゃないか?とワクワクが勝った。


 「ステータス」


 声を上げると、目の前に透明な画面が浮かび上がり、自分のステータスが表示された。


 ステータス

 名前: 渡辺 健斗

 年齢: 17

 職業: 異世界転生者

 レベル: 1

 ステータス:

 体力: 50

 魔力: 20

 攻撃力: 60

 防御力: 45

 敏捷性: 52

 知力: 10

 スキル:テニスの達人、ゲーム知識


スキル詳細


【テニスの達人】: テニスに関する技術と体力が大幅に向上する。

【ゲーム知識】: ゲームに関する知識が実際の戦闘や戦術に応用できる。


「何だよ見えるじゃねえか!つまり俺はいつの間にかゲームの中に来たってことかよ?これはシャイニングオンラインのステータス画面じゃねぇか!」


 健斗はうなり声を上げ、取り敢えずステータスの記録を取ると目の前の状況に混乱しながらも何とか冷静を保とうとした。自分の荷物を確認しようとしたその時、地響きを感じ、嫌な予感を覚えた。

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