寄る辺なき小公女の手を引いて

城間ようこ

第1話

「……さて、どうしたものかしら」


午後の日射しが窓からさしこみ、部屋を映し出す──その姿をぼんやりと見つめながら、私は呟いた。


もはや耳を傾けてくれる人もいない。


思えば昔から私は「因果応報」をモットーに生きてきた。──そう、ずっと昔、前世から。


だから、どんな理不尽な目に遭っても歯を食いしばって立ち向かえたし、耐え忍んで相手を落とせる機会を待てた。


たとえ自分が苦境に立たされても、這い上がって突き進む負けん気の強さもあった。


しかし、だ。


「気がつけば、この世界にも馴染んだものだったけど……」


私は前世で、いわゆるバリキャリとして働いた後に、女が出しゃばる事を毛嫌いする上司から散々嫌がらせを受けた。


そして、自分が精神を病んだ事にうんざりして、仕返しに「上司のせいで精神科の世話になってる」と報復に出て──意外に小心者だった上司を窓際部署に追いやれた。


でも、病んだ心を前向きに立ち直らせるには、報復だけでは足りない。


そこで、異業種への転職活動をして大手アパレル会社に乗り換える事になった。


元々が洋服も和服も好きだったから、ほとんど勢いで、求人も出していない会社なのに単身乗り込んだけど、それは熱意と取られて採用されてしまった。


洋服について、和服の基礎について、接客の心得について……幸いにも、いくらでも学ばせてもらえたので、転職した私は幸せだったけれど。


なのに、ある夜疲れて眠りに就いたところ、目が覚めたら──そこは昔の異国みたいな世界だった。


大体、今のヨーロッパ辺りだろうか?困惑しつつも、そう見てとった。実際、昔のイギリスだった。


私は、贅沢さえしなければ不自由なく暮らせる男爵家の令嬢として、育った事になっていた。


精一杯、負けるものかと頑張った自分の生き様を覚えていながら、私は突然「お嬢様」になったのだ。


これには度肝を抜かれた。


しかも、この令嬢である私には婚約者も決まっていたのだ。


それはドレスから宝飾品まで幅広く手がける豪商の若旦那のマークスという男性だった。彼は貴族相手にも商機を求めて、爵位目当てで私に縁談を持ちかけた。


いわゆる政略結婚──なのだけど、マークスはとにかく私を大事にしてくれた。壊れものみたいに優しく扱うそれは、溺愛に近かった。


「君に苦労はさせないよ。不自由な思いもさせたくないんだ。俺のプリンセスなんだから」


これがマークスの口癖だったが、私だって前世では第一線で働いてきた女だ。最後には言い返してやった。


「苦労?不自由?いくらでも乗り越えてやります。マークスと一緒に」


この時のマークスの泣き笑いみたいな表情は忘れられない。あまりにも幸せそうな顔だったから。


「そうか、君は俺の妻として生きてくれるんだな……そうか……」


噛みしめるように言う彼に、私は「もちろんです。私達は夫婦でしょう」と答えて……まあ、それはそれで満たされていた。


なのに、マークスときたら。


「貴族相手にダイヤモンドをあしらった装飾品を手がける事にしたよ」


と言い出したまでは良かったものの、ダイヤモンド鉱山へ視察に行って、何と事故に遭い、あっけなく私を未亡人にしてくれた。


しかもダイヤモンド鉱山を開発していたはずの人物は二人いたものの、両方が消えていた。


病死か事故死か夜逃げかすらも明かされてはいない。マークスは無駄足を運んで、統率の崩れた現場に赴いた事になる。


ともかく、一生不自由なく暮らせる程の遺産と事業の仕事を残して、マークスはいなくなった。


そして、葬儀を終えて今に至る。


「本当に……私はまだ、この世界で三十歳にもなってないのよ?二十二歳の若さで未亡人ですって?」


しかもこの年齢と婚歴は、初婚男性相手には不釣り合いだから、このままでは中年の後添いがせいぜいだ。


せめて子供が出来ていれば少しは違ったかもしれない。でも、子宝には恵まれなかった。


「しかも、この世界……どこかで見覚えがあるとは思い続けてきたのだけれど……」


ダイヤモンド鉱山、マークスの事故死。二人の事業主が不在。


マークスの死からずっと、このキーワードが脳裡でぐるぐると駆け回っている。


「まさか、ね……」


しかし、そのまさかが起きてもおかしくはない。


何しろ二十一世紀の日本で働いていた私が、昔の異国風世界で貴族令嬢になったくらいだから。


「──私の想像が、もし当たれば……」


未亡人になった私には、中年男性などではなく、他に狙うべき相手がいる。


寡夫で、幼い娘を持つ貴族。


それも、その娘を外に預けている貴族男性。


私は、その男性の娘を通じて、ある少女と出逢わなければいけない。


ダイヤモンド鉱山の事業に乗り出して、心労とマラリアで亡くなった父を持つ、身寄りのない可哀想な少女──プリンセス・セーラに。


それは、二十一世紀の日本で生きていた私の胸に、「因果応報」を刻んだ一冊の本、私を励まし続けたバイブルに出るヒロイン。


昭和時代にはアニメも放送された名作「小公女」の主人公であり、虐待と不遇にも負けずに幸せを掴む女の子。


想像通りなら、彼女はドレスも部屋も馬車やポニーも、何もかも奪われて過酷な無給労働を強いられ、屋根裏部屋で石のように固いベッドで寝起きしている。


彼女が苦しんでいるはずの今、私は、物語を変えてでも彼女を救う事を目的に動くしかない。


「最後はダイヤモンド鉱山で巨額の富を得た、セーラのお父様のお友達に任せれば良いしね……」


ぼろぼろの寸足らずを着せられて、まともな食事も与えられずに働かせられているセーラに、満たされた衣食住を。


きっと、それこそが、この世界に飛ばされた私が叶えるべき「生きる道」なのだから。


「……その為には、溜め息をついてる場合ではないわね……」


今はまだ服喪しているから、表立っては動けない。でも、新聞社の記者をお金で動かせば確かな情報は手に入れられるだろう。


マークスと育んだ情を胸に抱いて、私はこれから生きてゆく。


常に私を励ましてくれていた本の中の少女を、この現実で幸せにする為に。


「──待っていて、小さなプリンセス。私の心を支えてくれていたセーラ」


あなたを、苦難の日々から救い出す。


それがたとえ、物語を書き変えてしまっても。

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