騙し合いと取引


「ドレイク殿、私とお付き合いしてくださらない?」

 

 ドレイクは目を丸くしたまま、フローレンシアの言葉の意味をしばらく考えた後、大きく口を開けて笑った。


「ハハハハ!何を言い出すかと思えば!」


 対して、フローレンシアは随分と落ち着いた様子だった。むしろ、開き直ったというべきか。

 

「あら、決して苦し紛れの冗談ではありませんわ。私はザルツブルク家の娘、公爵家の令嬢がこの歳で最優先に考えなければいけない事は、家の為にどんな配偶者を捕まえるか、ですもの」

「なるほど?」

「我がザルツブルク家は血筋でいえば王家と近い家ですけれど、権力があるかと言われれば難しいところですわ。我が家の者は小議会に出ておりませんから。今までは将来の妃候補のリディアが私の親友でしたから、なにがあっても安泰だと高を括っていたのですけれど、このような事態になってしまって困っていたところだったんです」

 

 フローレンシアの赤裸々な告白を聞いて、ドレイクは驚きつつも楽しんでいる様子だった。

 

「社交界で生きていけるのは力を持っている者。貴族なら誰でもわかっている事でしょう?私は自分が政治をするほど賢くはありませんけれど、どの殿方と一緒になれば我が家が安定するのかくらいならよくわかっているつもりですわ」

「随分とはっきりモノを仰りますね。こう言った本音は、普通ならご令嬢はひた隠しにされるものですが」

「もちろん、いつもならばお茶にお誘いして、ピクニックをして……と段階を踏みますわ。でも、今はそんな悠長な事は言ってられませんし、ドレイク殿はこうした形ではっきりさせた方がお好きかと思いましたの。無駄な時間はとりませんでしょう?結婚するなら家柄の良い女、でしたっけ?貴方が以前私に求婚してくださったのは、私と恋愛ごっこがしたいからではない事は私だってわかっておりますのよ」

 

 だからお互い様、とフローレンシアは美しく笑った。

 ドレイクは可笑しくてたまらないとばかりに笑う。ひとしきり笑うと、フローレンシアの腰元をぐいと抱き寄せた。ディードリヒは思わず腰元の剣に手を添える。

 

「面白い。取引というわけか」

 

 先ほどまでの物腰が柔らかそうなフリはもうやめたのか、ドレイクの喋り方も印象も全く別人のようだった。フローレンシアの背中につうと冷や汗が流れる。

 

「そう、そういう事ですの。貴方は公爵の娘を手に入れられる。その代わり、私は我が家の安寧が約束される。どうですか?なかなか良い案でしょう?」

 

 動揺を悟られぬよう、強気な姿勢は隠さない。

 

「こう言った取引を持ちかけてくるという事は、結婚後に俺がどのように振る舞うかもある程度は折り込み済みという事ですよね?」

「貴方が一途な方ではない事くらいはわかっているつもりですわ。ただし、本妻に恥をかかせるような事だけはごめん被りたいですわね」

「まさか、そんな事はしませんよ。それは手際の悪い二流のやる事だ」

 

 ドレイクはフローレンシアの手を取り、その指を眺めていた。しばらくじっと何かを考え込んでいる。深い海のような青い目は底がしれなくて不気味だ。

 

「なかなか面白い取引だ。今すぐにでも成立させてしまいたいところだが、俺も疑り深い性格なのでね。しばらく考えさせてもらおうか」

「……わかりましたわ」

 

 話がひと段落し、フローレンシアは小さく息を吐いた。

 すると、ちょうど扉を開けてアロイスが応接間へと入ってきた。以前会った時は顔は腫れ上がり、怪我をして酷い様子だったが、少しはマシになっていた。それでも、まだ目元には黄色に変色した痣が見える。

 

「ドレイク様、お呼びでしょうか。……フローレンシア様?」


 アロイスは応接間にいる人物がフローレンシアである事に驚いていた。そして壁に控えているディードリヒの姿を見て、一体どうしてここに二人が来ているのか、全く理解できていない様子だ。


「喜べ、お二人がわざわざお前に前回の非礼を詫びたいと言ってきてくださったのだ」

「非礼?」

「アロイス!この前はごめんなさい。この前はまるで貴方に八つ当たりみたいな形になってしまったでしょう?それで、謝ろうと思ってやってきたの」

「な、何を仰るんですか……」

「貴方はリディアを守ろうと全力を尽くしてくれたのに、本当にごめんなさい」


 アロイスは眉間に皺を寄せ、顔を背けた。


「……私には、そんな言葉をかけていただく資格はないのです」


 アロイスは拳を握り、震えていた。

 歯を食いしばり、まるで痛みを堪えているようだ。

 フローレンシアはアロイスの手を取り、両手で強く握る。


「私達、本当に惜しい人を亡くしたわ。その損失は決して埋め合わせられるものではないけれど、前を向かなくては。きっとリディアもそれを望んでいる事でしょう。悲しむのは程々にして、貴方は貴方のやるべき事をおやりなさい」

「フローレンシア様……。わかりました」


 アロイスは握られた手を握りしめ、大きく頷いた。

 二人の話が終わったのを察すると、ドレイクは使用人達を呼び、庭園にお茶の用意をするよう言いつけ、フローレンシアを庭へと連れ出した。

 腕を差し出し、フローレンシアもその腕を掴む。二人が庭へと出ていったところで、アロイスはこっそりと右手を開いた。先ほどフローレンシアに握られた手には小さなメモの切れ端が押し込められていた。


「アロイス、少しいいか?」


 ディードリヒがアロイスに声をかけた。

 なるほど、そういう事だったかとやっとアロイスは合点がいく。


「お前にいくつか聞きたい事がある。手早く済まそう」

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