貴族のやり方

「ですから、今日はドレイク殿に先日の非礼をお詫びしようと思ってやってまいりましたの。親友が亡くなって気が動転していたとはいえ、先日の私といったら、公爵家のレディが取るべき態度ではありませんでしたわ。私、本当に反省していますのよ」

 

 眉根を寄せ、ハンカチを握りしめてフローレンシアは涙ながらに訴えた。

 その後ろで、あまりのわざとらしさにディードリヒは静かに天を仰いだ。こんな演技でドレイクがフローレンシアを家に招き入れるとは絶対に思えない。


 アロイスから話を聞き出す為、フローレンシアが言っていた『とっておきの作戦』とは、フローレンシアがドレイクを直接訪ねるというものだった。一体それのどこがとっておきの作戦なのかとディードリヒは疑問しかなかったが、「まぁ見てなさい」とフローレンシアに押し切られ、気づけばブライスガウの屋敷へとやって来ていた。

 ブライスガウの屋敷はあの日以来ドレイクが管理しており、庭の花も植え替えられてすっかり彼の持ち物であるかのようだ。

 屋敷の玄関先で白々しい演技を繰り広げるフローレンシアの目の前に立つドレイクは、貼り付けたような笑みを浮かべながら彼女の様子を静かに観察していた。先日散々罵詈雑言を吐いていったにも関わらず、けろっと態度を変えているので、フローレンシアの魂胆が一体なんなのか見極めてやろうという様子だ。

 

「お父様からしっかり謝ってくるようにと怒られてしまって。それに、私としてもドレイク殿とは今後の事も見据えてお付き合いしていきたいと思ってますから、ここは一つ許していただけないかしら?」

「……噂では、私の事を顔だけのろくでなしと仰っていたとお聞きしていたので、まさかフローレンシア様が直接謝罪に来られるとは思いませんでしたよ。それとも、私の勘違いだったのでしょうか?」

 

 ドレイクの口元には笑みがうかんでいるが、目は笑っていなかった。しかし、フローレンシアも怯む事なく言葉を続ける。伊達に公爵家の令嬢として生きていないのだ。これくらいの嫌味は会話におけるちょっとしたスパイスにすぎない。二人の会話を聞いているディードリヒはもうすでに胃に穴が開きそうだったが。

 

「あらやだ、社交界での噂なんて一の事が百くらいになってしまうものだとドレイク殿もご存知でしょう?私は、素敵な方だけど、切れ長の目をしてらっしゃるから少し冷たく見えるわと言っただけですのよ。全くもう、困ってしまいますわね」

 

 扇子で口元を隠してホホホホと笑うと、ドレイクもフローレンシアに合わせて笑った。

 

「そうでしたか、これは失礼を。最近どうも疑り深くていけないな。もちろん、私はフローレンシア様が問題ないのであればこれからもぜひお会いしたいと思っていますよ。貴女はお忘れかもしれませんが、以前何度かお手紙も差しあげているんです。返事は来ませんでしたが……。ですから、私にとっては嬉しい事です」

「もちろん覚えておりますわ。でも、殿方からのお手紙にそんなにすぐにお返事を返しては軽い女と思われてしまうかと思って、少し様子を見ておりましたの。もちろん、ドレイク殿を疑っていたわけではないんですのよ?ただ、お母様も慎重すぎるくらいが良いと言っていたから……」

「理解しますよ、フローレンシア様。私も、妻に迎える女性にはそれくらいの貞淑さを持ち合わせて欲しいと思っていますから」

「さすがドレイク殿、よくお分かりになっていますのね」


 二人は先ほどまでのひりついた雰囲気はどこへやら、気がつけば嫌味合戦はひと段落して和やかな空気へと変わっていった。一体何がどうなって今のこの空気に落ち着いたのか、ディードリヒにはちっとも理解できなかった。本当に貴族というのは食えない人たちである。


「立ち話もなんですから、どうぞお入りください。そうだ、庭を整えたので、もしよければ散歩しませんか?」

「えぇ、喜んで」


 ドレイクがフローレンシアを館の中へと招き入れる。

 なんとかここまでは作戦通りだが、問題はここからだ。フローレンシアがドレイクの気をそらしているうちに、ディードリヒはアロイスとコンタクトを取らなければならないのだから。

 

「ところで、ヨハネスは見つかったんですの?」

「……いいえ。まだ見つかっていません。我々としても全力を尽くしているのですが……」

「そうですか。本当に、どこにいってしまったのかしら」

「いきなり家族がいなくなってしまったんです、パニックになって逃げだすのも無理はないでしょう」

「ヨハネスが戻ってくれば、このブライスガウ領は彼が引き継ぐのですよね?」

「もちろんです。私はあくまでヨハネス殿がいない間の仮の管理人にすぎません」

「それを聞けて安心しましたわ、家族があんなことになってしまって、さらに領地まで取り上げられてしまってはあまりにも不憫ですもの。いくら彼の姉であるリディアがあんな事をしたと疑われたとはいえ、領地はその土地を治める家に受け継がれていくのが道理というものですわ。流石ドレイク殿、よくわかってらっしゃいますのね」

「えぇ、私ももちろん同じ考えです」


 ディードリヒは会話をしながら歩く二人の後ろに付き、何気なく屋敷の中に意識を巡らした。ノルデンブルク家から連れてきたのか、使用人が何人か広間の壁側に立っている。しかしその中にアロイスの姿はなかった。


「そういえばドレイク殿、今日、アロイスはいるのかしら?」

「おりますが……。何か彼に用でも?」

「えぇ、先日ここを訪ねた時、私、動揺していたので彼にも酷いことを言ってしまいましたの。その事を謝りたいと思って」

「そういうことですか。今呼んできましょう。おそらく、部屋にいるはずです」


 ドレイクは近くにいた使用人にアロイスを連れてくるよう言いつけた。フローレンシアがアロイスを呼び出したいと言った件については特に何も気にしている素振りは見受けられない。


 フローレンシアとディードリヒは応接間へと通された。以前はリディアを訪れてよく来ていたのが、まるで遠い昔の事のように感じられる。シックな色調で統一された部屋の真ん中には座り心地のよさそうなソファが置かれ、ローテーブルの上にはジャムをスポンジで挟んだヴィクトリアンケーキが紅茶と共に用意されていた。


「実は私は甘いものが好きでして」

「まぁ、ドレイク殿。お心づかい感謝しますわ。私もケーキは大好きですのよ」


 フローレンシアはドレイクと向き合うようにソファに座り込むと、早速嬉しそうにケーキを指さしてディードリヒに目配せした。ディードリヒはケーキナイフを手に取り、切り分けた一切れを皿に載せてフローレンシアに手渡す。

 

「フローレンシア様の騎士は素晴らしいですね。主人が望むことを何も言わずとも理解されているようだ」

「ディードリヒは私が幼いころから一緒におりますの。たまに、彼のほうが私自身よりも私を理解しているのかもと思うことがありますわ」

「羨ましい。私もそのような部下がいればよいのですが。なかなか自分の思ったように動いてくれなくて」

「ドレイク殿が部下の方に要求するレベルは高そうですわね。大事なのは思いやりですわ。そうすれば次第にお互いの理解も深まっていくものですのよ」

 

 ドヤ顔でフローレンシアがアドバイスをすると、ドレイクは軽く笑った。

 

「全くですね。……さて、前置きはこれくらいにして、あなたがわざわざこんなところまで私に会いに来た本当の理由をお聞かせ願えますか?フローレンシア様」


 ケーキを口に運ぼうとしていたフローレンシアの手が止まった。

 応接間にぴりりと緊張した空気がはしる。ドレイクの目を正面から見据えても、彼が何を考えているのかは読み取れなかった。


「……何をおっしゃりたいのか、よくわかりませんわ」

「貴女が私と仲直りしたいと仰っていただくのは非常に光栄な事だと思っています。しかし、貴女の親友、リディア様を我等ノルデンドルフ家が貶めたのではと疑っていた貴女が、私と仲直りしたいとやってくるのは理解に苦しみます。仲直りしたい、というのは他に何か狙いがあるからでしょう?」


 気づかれている。

 ディードリヒは自分の背中を冷や汗がつうと伝うのを感じていた。ちらりとフローレンシアに目をやると、彼女は顔色ひとつ変えていなかった。平然とした様子で、ドレイクの言葉を聞いている。

 一拍おき、フローレンシアは大きくため息をついた。右手を口元にやり、親指の爪を一回軽く噛む。


「……やはりドレイク殿は侮れないお方ですわ。貴方の言う通り、私は貴方にお願いがあって来ましたのよ」


 ドレイクが片方の口元をニヤリと上げた。


「私とお付き合いしてくださらない?」


 目を丸くしたのはドレイクだけではなかった。

 その部屋にいた皆が驚愕の表情でフローレンシアを見つめている。


 ――これは、聞いていない。


 ディードリヒが人生で最も冷や汗をかいた瞬間だった。


 

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