反撃開始

 フローレンシアの邸宅に到着した後、リディアは今まで起きた事を詳しくフローレンシア達に話して聞かせた。


 舞踏会の後に馬車が野盗に襲われた事、そこで父が死に、リディア自身も命からがら逃げ切った事。そしてその後は偶然出会ったタリヤやクルトと行動を共にし、テオドアの元に身を寄せ、今回の舞踏会に参加した事。

 リディアの波瀾万丈なここ数日の話を聞きながら、フローレンシアは百面相を繰り広げていたが、彼女が最も驚きを露わにしたのは、アロイスがリディアを刺し、崖から突き落とした張本人だという事実を知った時だった。


「そんな、まさか……嘘でしょう?!」


 白を基調としたロココ風の部屋に、フローレンシアの驚きの声が響いた。


「残念ながら本当よ。私も、まさかアロイスがそんな事をしたなんて、今でも信じられない気持ちだわ」

「……アロイス•フォン•ヴァーグナー、なんて男なの!!散々リディアに世話になっておきながら、こんな酷い仕打ちができるなんて人間じゃないわ。あの時、よくも私の顔を見ながらヨハネスだけは助けるなんて嘘を平然とつけたものね。随分な演技派だこと!」


 フローレンシアは顔を真っ赤にして怒り狂っている。今にも手に持ったグラスを割らんばかりの勢いだ。


「アロイスに会ったの?」

「えぇ。貴女の知らせを聞いて、居ても立ってもいられなくてブライスガウのお屋敷を尋ねた時よ。ノルデンブルク家のあのいけ好かない男……たしかドレイクだったかしら。彼が領地の一時的管理の為と言って既に屋敷に入り込んでいたわ。アロイスはそこにいたの。ヨハネスは行方不明だけれど、自分が探し出すって彼は私に言ったわ。でも!つまりその時には既に貴女を刺して崖から落として、何もかも計画完了ってことだったわけでしょう?!」

「ドレイク……。あぁ、確か前にお誘いがあったって言ってたわね。貴女は嫌がってたけれど」

「そうよ。あの冷たい目をした嫌な男!でも、これではっきりしたわ。あの時、ドレイクとアロイスはお互いを知っているみたいだったけど、そういう事だったのね。アロイスはドレイクと組んでたんだわ。よく考えたら、私がアロイスを知ったのはノルデンブルク家主催の闘技大会に行った時だったもの。あの時からリディアのもとにあいつを送り込む手筈を整えていたに違いないわ。なんて恐ろしい奴等なの。地獄の業火に焼かれてしまえばいいのに!」


 フローレンシアは怒りが収まらない様子で、テーブルの上に置かれたクッキーを乱暴に口に詰め込んでいる。


「……本当にアロイスはドレイク殿と組んでいるのでしょうか?」


 フローレンシアの横で小さい声で疑問を呈したのは、ディードリヒだった。

 フローレンシアはディードリヒの言葉を聞いて、目を見開く。今にも掴みかからんばかりの勢いだ。


「ディードリヒ、気でも違ったの?!アロイスがリディアを刺して川に突き落としたのは事実なのよ!」

「そうですが……彼がドレイク殿に脅されている可能性はありませんか?」

「何言ってるの!あんな恐ろしい人間の肩を持つつもりなの?いくらディードリヒだからって、そんな事は決して許されないわよ。たとえ騎士のよしみだからって――」


「ディードリヒ、なぜそう思ったの?」


 ディードリヒに捲し立てるフローレンシアを制止し、リディアは尋ねた。


「ブライスガウでアロイスに会った時、アイツは酷い怪我を負っていました。私はてっきり、馬車の事故の際に負ったのだろうと思っていましたが、リディア様のお話を聞くと、あの馬車の事故が起きた時、あいつが怪我を負うことはありえないはずです。それならば、あの怪我はどこでどうやって負ったのかと気になりまして」

「自分でやったのよ、きっと!被害者のふりをして、疑われないようにってね」

「その可能性ももちろんあります。しかし、それにしては随分な怪我でした。私だったら、もう少し加減するでしょう。自分が動きにくくなるほどの怪我を負うのはリスクでしかありませんから」


 フローレンシアは全く納得がいかないという様子だったが、リディアはディードリヒの考えも一理あると考えていた。アロイスの怪我の件を聞く前から、引っかかっていた事があったからだ。


「実は私も、アロイスの裏切りについては疑問を持っていたの。あの時は気づかなかったけど、彼の力なら、きっともっとしっかり私を刺せたはず。そもそも、わざわざ硬いコルセットを締めた腹部を狙う必要なんてない。首を切ってしまえばそれでお終い。川に落とす必要もきっとなかった筈だわ」

「……リディア本気なの?アロイスのせいで貴女のお父様は亡くなったのよ。彼が脅されていたにしろ何にしろ、その事実は変わらない。私だったら消して許しはしないわ」

「許す、許さないの話じゃないの。アロイスが私を生かしてやろうとした程度の情けは持っていて、彼自身が脅されている立場であるとしたら、この事態を打開する為のきっかけがあるんじゃないかしらってことよ」


 フローレンシアはリディアの言葉がイマイチぴんと来ていないようで、首をかしげている。


「正直今の状況は絶望的。私は死んだと思われているし、生きて戻ったとしてもまた殺されるか、エドマンドに毒を盛ったことの疑いが晴れない限り、反逆の意図があるとされて何もできない。領地を取り戻したくても嫡男のヨハネスは行方不明だから、継承権の主張もできないわ」


 リディアの言う通り、現状は正直詰んでいる。

 そして何よりも今はヨハネスを探し出す事が最優先だ。ヨハネスは今もまだどこかで孤独に震えているに違いないのだから。


「でも、アロイスがもしノルデンブルク家を裏切れるのであれば話は違ってくるわ。彼が脅されてやむを得ずあちら側についているのであれば、こちらに引き込める可能性もあるということ。もちろん、あくまで想像の話だけれどね。アロイスが完全にノルデンブルク家側であったら、別の手を考えるしかない」


 そうは言ったが、実際、リディアはアロイスを説得できる確率は高いのではないかと考えていた。リディアが崖から突き落とされる寸前、アロイスは「自分を許さなくて良い」とリディアに言った。

 今思い出すと、あの声には、後悔のようなものが滲んでいたように思う。


「うーん……。難しい事はよくわからないけど……リディアがそう考えているなら私もそれに協力するわ!幸い、私たちもヨハネスの行方を探す為に、どちらにせよアロイスに話を聞くべきだと思っていたところだったの」

「ありがとう、フローレンシア」


 こういう時、フローレンシアの単純な所は長所とも言える。すっかり気持ちを切り替えたのか、フローレンシアの怒りはすっかりおさまったようだった。空になったグラスをテーブルに置き、拳を握って天へと突き上げる。


「それじゃあ、まずはヨハネス奪還作戦といきましょうか!」


 ロココ調の家具に囲まれた部屋で、反撃の狼煙が小さく上げられた。

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