第三章

どんぐりの背比べ


「嫌だね」


 フローレンシアが『ヨハネス奪還作戦』を提唱し、皆が一気に団結する雰囲気が固まったところで、その雰囲気をぶち壊したのはクルトだった。


 部屋の隅で腕を組み、不満げな表情でリディア達を睨みつけている。


「オレはもうこれ以上手伝うのはごめんだ。そもそも、こんな事まで手伝うなんて聞いてない!それなのに、今日だってこのよくわからないヒラヒラした服を着せられて、礼儀がなってないだの文句言われて、もう散々なんだ。オレは貴族じゃないんだし、マナーだのなんだのなんてわかるわけない!オレはタリヤのとこに戻る!リディアはこいつらに会えたんだし、もう人手だって十分足りてるはずだろ」

「ちょっとあなた!ここまできて放り投げるなんて男らしくないわ!レディが困ってるのよ?!紳士なら手伝うのが当然じゃなくて?!」

「生憎オレは紳士じゃないんでね。オレは商人だ。頼み事をするなら金をもらわなきゃ」

「まぁ!すぐにお金を要求するなんて、なんて卑しい品性なのかしら」

「等価交換って言葉を知ってるか?お貴族サマ。人を当然のように召し使い扱いする奴に品性だなんだと言われたくないね。アンタこそ、思いやりってもんが欠けてんじゃないのか」

「なんですって!」


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。フローレンシアは怒りで顔を真っ赤にしながら今にもクルトに掴みかからんばかりである。ディードリヒとテオドアが大急ぎでその仲裁に入るが、二人は口論をやめない。テオドアはやれやれと首を振ると、リディアに自分の言葉を通訳するように求めた。そしてクルトの目の前にやってくると、しゃがみ込んで彼の手を取る。クルトはテオドアの突飛な行動にびくりと体を震わせた。


「な、なんだよ」

『クルト、タリヤ殿がどうして君をここに寄越したのか忘れたのかい?』

「それは……」

『タリヤ殿は、君の将来を思って俺やリディア殿に付いていくよう言い含めたんだ。商人になるなら、ありとあらゆる人間とコミュニケーションを取れるよう教養を身につけるべきだとね。リディア殿と一緒にいれば、貴族の社交界に足を踏み入れることができる。こんなことはめったにないチャンスなんだよ。それをわざわざふいにすることはないだろう』


 クルトは眉間に皺をよせて俯き、口を引き結んだ。

 彼も馬鹿ではない。テオドアの言っている意味は百も承知なのだろう。


「でも、別に貴族の世界なんか知らなくったって、商人にはなれるし」

『もちろん、普通の商人になら問題ないだろう。君がこのままタリヤ殿のそばで学んでいけば、あと数年もすれば独り立ちできるだろうね。市場に出入りして品物を仕入れて、売る。生活するには十分だ。でも、君の夢はそんなものだったかい?ただの商人で満足なのか?』


 テオドアの言葉を受けて、クルトは黙り込んだ。眉根を寄せて考え込んだ後、小さく「違う」と答える。その答えを聞いて、先ほどまで厳しかったテオドアの表情が幾分か柔らかくなった。


「オレは、タリヤに恩返しする。だから、タリヤを超える大商人になりたい」

『よく言った。ならば、今の君がやるべき事はわかるね?』

「……うん。すっげーやだけど」


 頬を膨らませ、まだ完全には納得していないという顔をしていたが、どうにか今回はテオドアのおかげでクルトを説得できた。思ったより、テオドアは歳下の面倒を見るのが上手いのかもしれない。

 

『ありがとう、テオ。助かったわ』

『これくらいなんて事ないさ。クルトはまだまだ未熟だが、学んでいけばきっと立派な商人になる。俺としても、未来の取引先には恩を売っておきたいからね』

『抜け目がないわね。それにしても、貴方が歳下の扱いに慣れてるの意外だったわ』

『そうかな。逆に、君は弟がいるのにそうではないみたいだね』

『う、うるさいわね……』


 テオドアに不意に痛いところを突かれ、リディアは思わず言葉を濁らせた。


『さっきも、馬車の中でクルトが怒られているのはずいぶん可哀想だったなぁ。君は完璧主義だから、相手の些細なミスや怠慢を許せないんだろうけど、歳下にはもうすこし優しくしてあげないと。彼はまだまだ子供だよ』


 テオドアは笑いながらリディアの肩を叩く。

 全くもってその通りだ。返す言葉がなかった。

 この屋敷にたどり着くまでの馬車の中で、リディアは舞踏会でのありとあらゆる失態についてクルトに散々お説教をしたのだが、もしかしたらその事がクルトにとって士気を下げる一因となったのかもしれない。

 確かに、かなりきつく言ってしまった自覚はある。貴族の世界なんて初めてのクルトには難易度が高い事だったろうに、なぜそんな事もできないのかと怒ってしまった。テオドアに指摘されて初めて気がつくなんて、とリディアは穴があったら入りたい気分だった。


「それで?その子は結局参加って事でいいのかしら?」

「えぇ。クルトも参加するわ。よろしくね、フローレンシア」

 

 フローレンシアはクルトを一瞥し、フン!とそっぽをむく。フローレンシアとクルトが仲良くやっていくには、まだ少し時間がかかりそうだった。

 

 

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