揺るぎない思い
『それでも、好きなの』
己の口からこぼれ落ちた言葉にリディアは少しだけ驚いていた。
公衆の面前であらぬ疑いをかけられ、侮辱されても、それでもまだエドマンドの事を想って胸が締めつけられる自分に対してだ。
普通、あんな仕打ちを受けたのならば、もうとっくのとうにエドマンドを憎み、嫌いになったっていいはずなのに、それなのにまだきっと何か事情があるのだと信じたがっている自分がいる。
自分は思ったよりも恋愛脳だったらしい、とリディアは自嘲気味に笑った。ロマンス小説等で、恋する相手に縋り付くヒロインを見たら「こんなのは非合理的だ」といつも鼻で笑っていたというのに。
リディアとエドマンドが出会ったのはもう随分前の事になる。
二人は、出会う前から将来が約束されていた仲だった。
国王は辺境伯であるブライスガウ卿に信頼を置いていたので、家の繋がりを深めるためにも、その娘のリディアが皇太子であるエドマンドのお妃候補となるのは至極当然の事だった。
その為、リディアは小さい頃から自分はこの国のお妃になるのだと思っていたし、その為に努力を惜しんだ事はない。
しかしその時のリディアはまだエドマンドに出会った事がなかったので、立派な皇太子妃になるという目標は、所詮父の為、ブライスガウ家の為でしかなかった。
立派に務めを果たせば、愛する父親が喜んでくれる。動機はそれだけで、エドマンド自身を心から愛するようになるだなんて思ってもみなかった事だった。
『さぁ、落ち着いて。今クルトにレモネードを持って来させよう』
テオドアに優しく導かれ、リディアは壁際の椅子に腰掛けた。気持ちを落ち着ける為に一つ深呼吸をする。
手渡されたレモネードは爽やかな味わいで、少しだけ気持ちがリフレッシュされた気がした。
『君が少し羨ましいよ。俺は誰かと恋をしても、今までそんな風に相手を想った事はないから』
そう言うテオドアはなんだか少し寂しそうに見えた。
『私も、自分がこんな風になるなんて想像してなかったわ。もともと私たちは政略結婚だったから、結婚はブライスガウ家の為、仕方がない。これはお父様の為の親孝行、そういうものだと思ってたの。でも……』
『でも?』
『彼に初めて出会ったとき……ああいうのをきっと一目惚れというのね。決して見かけの事じゃなくて、私の中の直感が、本能的な何かが、この人だって知らせてくれたのよ。この人なら、自分を理解してくれる、私もこの人の為になら何でもできるってね』
『直感なんて、随分君らしくない判断材料じゃないか?』
『そう?人間の直感というのは、案外馬鹿にできないのよ』
リディアとエドマンドが出会ったのは小さな舞踏会だった。
王家主催の、身近な貴族達だけを招待したもので、そこで初めてリディアとエドマンドは顔をあわせたのだった。
『彼はプレゼントに金色のロケットをくれたわ。残念ながら、今は失くしてしまったのだけど。それから、エドマンドはお菓子に可愛い洋服、宝石、私が望むものをなんでもくれたし、なんでもしてくれた。でも、私が好きになったのはそこじゃないの。だってそんな殿方は他にもいっぱいいるもの』
『確かに、それが理由なら君は今頃俺に惚れている筈だからね』
テオドアの軽口に、リディアは口許に小さく笑みを浮ベル。テオドアはこうやって、人を安心させるのが本当に上手だ。
『小さい頃の私は、嫌な子だったわ。もちろん、今だって自分の性格が良いとは思わないけれど、あの頃は本当に自分以外の人間がどうしてこんなにできない人ばかりなのかしらって本気で思っていたもの』
テオドアが思わず苦笑した。こんな事を言えば、普通なら非難は避けられない。勉学も美貌も常に磨き続けているリディアだからこそ言える言葉だったからだろう。
事実、リディアは努力家である。
しかし、これは良い方にも、悪い方にも作用する。
完璧を目指して努力し続けた人間は、自分と同じ基準を、相手の背景や都合を考えずに要求する。そして相手がその基準に達せなかった場合、それはその人間の怠慢と考えてしまうからだ。
『だから私は使用人たちにも嫌われていたし、同年代の子たちにも嫌われていたわ。でも私はそんなこと気にしていなかった。そんなの、負け犬の遠吠えでしょって。ただの努力不足の言い訳だって。でも、エドマンドは私にもっと思いやりを持てと言ったわ。誰もが君みたいにできるわけじゃない、君だって、環境が違えば今のようにはできなかったかもしれないってね。でも、私が彼を叱ってくれた一番の理由は、そんなことで皆に、僕の好きな君の本質を誤解してほしくないからだって。そう言ってくれたの。そんなことを言われたのは初めてだったわ。同じ年で、私より大したことないと思ってたエドマンドの方が、よっぽど大人で、広い視野を持ってた。それで、彼をもっと好きになったの。彼はどんな人に対しても理解する事を惜しまない。素晴らしい王になれる人だって』
だからエドマンドを支えたかった。
最高の王になれるであろう彼の、最高の妃になろうとリディアも今まで努力してきたのだ。
だからこそ、こんなよくわからない事で終わらせるわけにはいかなかった。エドマンドが何か不服であるなら、直接彼の口から聞きたい。わけのわからない陰謀なんかに巻き込まれて退場なんて、リディアのプライドが許さない。
『君の彼に対する愛は理解した。しかし、これからどうしようかな。この舞踏会、どうやら彼が現れる事はなさそうだ。せめてなにか別の情報を掴めるといいんだが……』
『……そうね。せめてフローレンシアがいないかしらと思ってけど、やっぱり来ていない……。そういえば、クルトは?』
ふと、リディアはクルトの姿がない事に気がついた。
先ほどリディアがここに戻ってきた時、クルトはここでクッキーをむしゃむしゃと頬張っていた筈である。しかし、今はテーブルの上に食べ散らかした跡が残っているばかりで、クルトの姿はどこにも無かった。
『あいつ……。これはペナルティだな』
テオドアは頭を抱えながら呟いた。
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