嘘か誠か
「ごめんなさい、もう一度言ってちょうだい。誰が、どうしたですって?」
昨日の舞踏会での、あの悲惨な事件を引きずり、憂鬱な気分で朝食の席についたフローレンシアの耳に飛び込んできたのは、信じられない一報だった。
あまりの衝撃に手からスプーンが滑り落ち、カラカラと床を滑る。喉が渇き、手は少し震えていた。
「ブライスガウ卿とリディア様の馬車が、昨夜、野盗の襲撃を受けたようです。残念ながら、お二人共そちらで命を落とされたと……」
「襲撃?誰が?命を落としたって、どういう事?」
「フローレンシア、落ち着きなさい、お行儀が悪いですよ」
知らせを伝えた召使に掴みかからんばかりに勢いよく立ち上がったフローレンシアを母のアイリスが諌めた。いつもならばフローレンシアが母親の言うことに逆らうことなどないが、今回ばかりは事情が違っている。
「これが落ち着いていられますか?!リディアが、私の親友がそんな目に合うわけがないわ!ディードリヒ、馬を出して。ブライスガウに行くわ。こんなの、絶対に何かの間違いよ」
「しかし、お嬢様」
「座りなさい。フローレンシア」
取り乱したフローレンシアを静かに一喝したのは父であるザルツブルク公だ。
いつもならば娘の言うことならばなんでも聞いてくれる父が、このような声を出すことに驚いたフローレンシアは、身体をびくりと震わせて、おそるおそる椅子に座り直した。
「でも、お父様」
「落ち着きなさい。お前が行ってどうなる?昨日の件でブライスガウの土地は没収され、王家の所有地となるらしい。そうなれば、他人であるお前は立ち入りを許可されない筈だ」
「没収?!その件は法廷で争ってから決めることではなかったの?でも、それじゃあヨハネスはどうなるのよ!」
「法廷で真実を見極める前に、当人と、その土地の当主が亡くなられたんだ。嫡男がいるとはいえ、ブライスガウ卿の息子はまだ十歳、外国との境である重要な辺境伯領を任せるにはあまりにも心許ない。国の事を考えれば仕方ないだろう」
父と姉を一度に亡くし、更には家すらも奪われなければならないヨハネスが不憫でならなかった。
どうにかして彼の力になってやりたいが、悲しいことに、フローレンシアにできる事は何もない。
フローレンシアの家は王家の親戚ではあるが、父は小議会の一員というわけではないし、政治に関して積極的に関わるほうではなかったのだ。
「こんなのあんまりだわ、ヨハネスはまだ一人で生きていけるほど大人じゃないのよ」
「私に任せなさい。ヨハネスの身柄はこちらで保護させてもらうよう陛下にお願いしよう。それくらいならできるはずだからね」
「お父様……、ありがとうございます」
少しだけ落ち着いたのか、フローレンシアは椅子に座ってテーブルの上に置かれたフォークを手に取り、朝食に手をつけ始めた。自分の主人がなんとか落ち着いた様子を見て、ディードリヒはほっと安堵の息を吐いた。
◇◇◇
「というわけで、馬を出しなさい、ディードリヒ。ブライスガウに行くわよ」
「はい??」
ディードリヒの口から素っ頓狂な声が漏れた。
先程の朝食の際、ブライスガウには行かず、ヨハネスの事はザルツブルク公に任せると決まった筈だったのに、フローレンシアはそんな事は存ぜぬといった顔であっさりと言い放ったのだから当然である。
「し、しかし……お父上が全てやってくださると。お嬢様も納得されてたではありませんか」
「えぇ、ヨハネスのことはね。でも、私は自分の目で一度ブライスガウがどうなっているのかを見たいの。それに、リディアが死んだなんて、私は信じないんだから。もしかしたら、死んだなんてのは真っ赤な嘘で、故郷にちゃんと戻っているかもしれないでしょう?友達の安否を確認するだけの何が悪いの?別に城に盗みを働きにいくわけじゃないのよ」
「いやいやいや、まずいですって」
「なによ、怖気づいたの?騎士のくせに情けないわね。ただ様子を見にいくだけじゃない」
「父上にまた叱られますよ。今度は外出禁止どころではないかもしれません」
「望むところよ!大丈夫、ちょっと行って、真実を確かめたらすぐに帰ってくるわ」
こうなってしまっては、フローレンシアはテコでも引かないことをディードリヒはよく知っている。ディードリヒがついてこようがこまいが、フローレンシアは勝手に行ってしまう、そんな未来が容易に想像できた。
監視下を外れ、ディードリヒの知らないうちにフローレンシアに怪我をされるより、ついて行って安全に戻ってこれるようにしたほうがよっぽどマシであるとディードリヒは判断した。
「……わかりました。私もお供いたします。その代わり、あまり目立つ事は避けて下さい。本当に、様子を見にいくだけですからね!」
「ありがとう!ディードリヒ!流石は私の騎士、大好きよ!」
ご機嫌になったフローレンシアは飛び上がって喜ぶと、ディードリヒの頬に軽いバードキスを落とす。
ディードリヒが頬を少し赤く染めながら、「乙女は軽々しくこんな事をするものではありません」と嗜めると、フローレンシアは不服そうに口を尖らせた。
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