第37話 人間国の使者

 豪勢な馬車が1台と馬に乗った護衛の騎士6名という一団が魔王城前に現れた。


 おぉー、彼らが人間国の使者か。


 迎えるこちら側は、俺とアナスタシア様とイシュリナ、そして騎士が数名。


 あまりに突然のことだったので、出迎える用意なんて全くできてなかったりする。


 しかしあの馬車には誰が乗っているんだろうか?


 派手に装飾された馬車だから、それなりの貴族だとは思うんだが。



 馬車の扉が開いて中の人物が降りてくる。


 一体誰が……げぇ!?



「出迎えご苦労」



 でっぷりと肥えた中年の男が、体を揺らしながら馬車から降りてきた。


 よりにもよってコイツか!


 人間国のお偉いさんということで、前世の知識が役に立つかもとは思っていたが……マジか。



「吾輩はゴレゴルン。人間国の王に代わって視察に来てやったぞ」


「初めましてゴレゴルン卿。私は魔王のアナスタシアです」



 にこやかに出迎えるアナスタシア様の裏で、俺は渋い顔を作る。


 こいつはダメだ。


 ゴレゴルンは俺の想定の中でも最悪の部類の使者じゃないか。


 彼は俗にいう悪徳貴族で、私服を肥やし、私利私欲のために悪政を敷くトンデモ領主だ。


 ゲームでは人間国で活動する主人公を散々邪魔して困らせたうっとおしい存在。

 後半には粛清しゅくせいされるが、それまでの行いがまさに悪役の所業で、ろくな人物じゃなかった。


 そんなアホ貴族が使者って絶望しかないんですが?


 なんかもうすでに上から目線だし。


 しかもゴレゴルンがダメな理由はもう一つある。


 アイツは人間国ではうとまれている存在なんだ。

 つまり、捨て駒にしても問題ない貴族ってわけ。


 この人選、大ハズレなんですけどぉ!?



「ほほぅ。魔王の娘が美しいとは聞いていたが、本当だったようだな」


「すみません、今は私が魔王なので」


「あー失敬失敬。あの戦闘狂の魔王は死んでいたんだったか」



 はい、感じ悪い。

 もういきなり、こいつダメだわと思わせるデリカシーの無い言動。


 これが使者って絶対無理やん。



「馬車での移動は大変でしたでしょう。部屋を用意してありますので、まずはそちらでおくつろぎ下さい」


「ふん。そうさせてもらおうか。旅の疲れが癒えるくらいの部屋なんだろうな?」



 ゴレゴルンの失礼極まりない言葉を受けても笑みを崩さないアナスタシア様。


 彼女の方がよっぽど大人じゃないだろうか。


 

「人間国の方に合うかどうかはわかりませんが、魔王城内でもとびっきりのお部屋をご用意していますよ」


「ほう? 悪趣味な部屋でないといいがな」



 ゴレゴルンはそう言い残すと、護衛と共に案内役の侍女に連れられていった。




 彼らの姿が見えなくなったところで、俺はホッと一息をつく。



「あいつらが使者ですか」


「そのようですね。我々の文化がゴレゴルン卿たちに合えばいいのですが」



 終始笑顔を絶やさなかったアナスタシア様は、まだ彼らのことを気にかけているようだ。


 前世知識のある俺だが、それを抜きにしてもゴレゴルンの態度は悪いものだったと思う。


 そんな彼らの相手を丁寧に務め上げたアナスタシア様は女神では?


 俺の隣で徐々に殺気を漏れさせていたイシュリナは邪神な。めちゃ怖かった。



「さて、では私たちも少し集まりましょうか。急な来訪だったので、どうもてなすのかを皆で話し合いましょう」


「もてなす……わかりました」



 あまり乗り気ではないんだよなぁ。

 だってゴレゴルンだぜ?

 

 絶対ハズレやん!


 でも、アナスタシア様的には、ここで少しでも友好的に接したいというのはわかる。



「エリーとオルモントも呼んでおきますので、身支度の時間も考えて……1時間後に私の部屋に集合して下さい」


「「はい」」



 そう言い残すとアナスタシア様はいそいそと去っていった。


 残ったのは俺とイシュリナだけだ。



「キサマに話がある」


「な、なんでしょ?」



 ギロリとめ付けるような視線を向けてきたイシュリナ。


 片言ではないものの、相当な圧を感じます。はい。



「これから先、キサマは出しゃばった真似をするな」


「は、はぁ」



 俺だって好きで目立つことをやっているわけじゃないのですが?


 なんか気がついたら、こうなってたというのが正しいんですよ!



「アナスタシア様に必要とされるのはアタシだけでいい。わかったな?」


「も、もちろん!」



 ははーん。

 なるほど、そういうことか。


 イシュリナの性格が少しだけ読めたぞ。

 こいつ、アナスタシア様ガチ勢だ。

 きっとそうだ。


 ならば、この展開はラッキーかもしれん。

 出しゃばらなくていいなら、俺的には全然アリ。


 だって目立てばそれだけ、危険も呼び込んじゃいますからね!

 これは好都合ってもんです。


 イシュリナから変な対抗心を燃やされているわけだが、俺が大人しくしていれば自然と収まるはずだ。



 コクコクと首を縦に振る俺。

 その様子を見て、彼女は満足げにうなずく。


 普通の顔をしていたら、彼女も超美人なんだけどなぁ。



「ふん。物分かりだけはいいようだな。その調子で頼むぞ」



 そう言い残してイシュリナは去っていった。

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