第33話 ノーエンカウント

 いきなり気絶したエリーだったが、その後すぐに起きてくれた。


 すこし頭が混乱しているようだったが、再度アナスタシア様の方針への協力をお願いしたところ、快諾かいだくしてもらえたので問題ないだろう。


 目の前にある5本の神水に目が釘付けで、俺が何を言ってもうなずくだけだったが……。


 まぁ、これで魔法使いたちの協力は得られたはずだ。



 となると、次なんだが……。


 オルモントはオッケー。エリーも問題ない。

 ウルガインは入院中なので無理。


 残ってるのは……イシュリナなんだよなぁ。



 超サイコな行動でプレイヤーを心底震え上がらせた悪名高きイシュリナさん。


 彼女からどう協力を取り付けたらいいのか皆目かいもく見当もつかない。


 というか、そもそもイシュリナはどこに居るんだ?

 うーん。それすらもわからん。





 魔王城内のそれっぽい場所をウロウロとしてみることにした。


 まずは射手がいるであろう訓練所に来てみたが……。


 沢山のダークエルフは見えるが、肝心のイシュリナは見当たらない。



「すみません、イシュリナさんの居場所をご存知の方いませんか?」



 近くにいたダークエルフの子に話しかけてみるが。


 …………。


 ……。


 はい。ガン無視です。


 おまけに、俺が近づくとススっと離れていくんですが?


 これは、あれかな。

 訓練中に話しかけちゃった俺のバッドマナーが原因か。


 弓の訓練だもんね。

 集中力が試される大事な場面だもんね。


 そうとわかれば、他の人に聞くまでのこと。



「あのーすみません」


 スススッ


 …………。



 こ、この人も忙しいのかな。はは。

 じゃあ別の人に。



「ちょっといいですか?」


 スゥー


 …………。



 ……うん。


 みんな、俺が近づくと無言で離れていくんだが……。


 これ絶対俺のことに気づいているよな。

 その上で無視して避けているんじゃないか?


 ……。


 陰湿! 陰湿です!

 これ絶対、何かのハラスメントに抵触するぞ!


 かぁーっ。これが閉鎖的なダークエルフの空気感ですか、そうですか。


 なら、俺にも考えがある。

 こうなったら意地でも誰か捕まえて、イシュリナの居場所を吐かせてやる!






 と、息巻いた愚かな騎士がいたとかいなかったとか。ぐすん。


 3時間ほどがんばった結果、接触できたダークエルフは0人!


 ダークエルフを捕まえる?


 無理無理。あいつら隠密系のスキルが豊富すぎて無理ゲー。


 平和的に追う方法が無い。

 なので、逃げに専念されたらもうダメだ。


 今日のところは出直すしかない、ということで今はトボトボと帰還中である。



 肩を落として廊下を歩んでいると、向かい側からアナスタシア様がやってくるのが見えた。



「あら? レオンさんじゃないですか!」



 俺を見つけて喜色を浮かべてやってくるアナスタシア様。


 相変わらず今日もくそ可愛いなぁ。



「アナスタシア様。どうも」



 ダークエルフたちの冷遇で荒んだ心を、少しでも見せないようにと、当たりさわりのない挨拶を返しておく。


 するとアナスタシア様は俺の顔を覗き込み、心配そうに眉根を寄せた。



「レオンさん、元気がないですね? どうかされましたか?」


「あーいや、その。まぁ色々とありまして」



 平静をよそおっていたはずだが、アナスタシア様には余裕でかんづかれてしまった。



「大丈夫ですか? 私で良かったらお話しを聞きますよ?」



 なんてええ子なんやー!


 こんな子が親身になってくれるとか、前世の俺は相当な徳を積んでいたに違いない!

 そんな記憶はないけどね!


 しかしどうしたものか。

 このままアナスタシア様に話を聞いてもらうべきか?


 うーむ。


 エリーの件もあるし、報告ということで話しておくか。



「実はアナスタシア様に良い報告と悪い報告があるんです」


「はい。ぜひお聞かせください」



 真っ直ぐにこちらを見つめてくるアナスタシア様。

 うむ、神々しい。



「良い報告は、四天王のエリーがアナスタシア様への強力を約束してくれたことです。彼女の配下の魔法使いに関してはこれで問題ないかと」


「まぁ! さすがレオンさんですね!」



 アナスタシア様が嬉しそうに微笑む姿がまぶしい。

 彼女の笑顔は季節を強制的に春にすると言われても、俺は納得するだろう。


 そんな、にこやかな彼女の顔を見ていたいが、まだ報告は残っているんだよな。



「それから、悪い報告ですが……」


「はい、大丈夫です。安心してお伝えください」


「今日、イシュリナさんに接触しようとしましたが、その配下のダークエルフたちですら、まともに話すことができませんでした」


「あら、そうでしたか。イシュリナにも会えなかったのですか?」


「はい。なので彼女たちについては、もう少し時間がかかると思います」


「うーん。そうですか」



 アナスタシア様が、何かを考えるそぶりを見せる。



「イシュリナは私が呼べばすぐに来てくれますよ? イシュリナー!」



 …………。


 ……。



「あれ? イシュリナーーー!」



 …………。


 ……。



「本当ですね。普段はすぐに現れるんですが……」



 やっぱりイシュリナとの接触はむずかしそうだな。


 アナスタシア様にとっては意外な事態だったのか、困惑したような顔をしている。


 すると、そこに一枚の紙切れが落ちてきた。



「あら? この紙はなんでしょうか?」



 アナスタシア様が落ちてきた紙を拾うと、その紙をまじまじと見つめた。



「まぁ! イシュリナったら!」


「どうされましたか? その紙に何か書かれていたのですか?」


「えぇ、ちょっとした伝言が。でもレオンさん安心してください」


「えっと、何をどう安心したらいいのでしょう?」



 その紙に書かれていた内容がわからないので、俺には何が安心材料なのかわからない。



「イシュリナに関しては、私から協力してくれるようお話をしておきます」


「え? いいんですか? それは補佐役の仕事では?」


「私が対応した方が良さそうなんですよね」



 うーん、そう言われてもなあ。

 彼女には魔王としての仕事もあるだろうに。



「なんだか仕事を投げ出したみたいで、心苦しいのですが……」


「何を言ってるんですか、いつもレオンさんには助けられているのは私なんですよ?」



 本当に任せちゃっていいんだろうか。


 ゲーム知識が全く通じないイシュリナを説得してくれるのは、正直なところすごく助かる。


 それに、アナスタシア様がこんなにやる気を出しているのなら、止めるのは野暮かもしれないな。



「……わかりました。では彼女のことはアナスタシア様にお任せします」


「任されました。ふふっ、たまには魔王らしいところをお見せしますよ!」



 そう言って彼女は、か細い腕でガッツポーズをしてみせた。

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