第22話 新たな仕事

 応接セットを挟んでアナスタシア様と向かいあう。


 うっすらと笑みを浮かべてこちらを見ているアナスタシア様が若干眩じゃっかんまぶしい。


 しかしだ、まぶしかろうが尊かろうが、言わなきゃいけないことがある。



「補佐役について具体的に何をすればいいのか、サッパリわからないのですが……」


「あらあら、そうでしたか」



 そうなんです。


 というのも、補佐役に任命されて数日が経過したが、人間国との関係改善のために力を貸してくれと言われただけで、ハッキリした指示がないんだ。


 仕方がないので、自分なりに人間国について書かれている資料を読み漁ってみたが、俺の前世の知識以上の内容は出てこなかった。


 人間国と敵対していて、相手の軍とこちらの軍が何度か衝突したとか、そんな内容だ。



「アナスタシア様の掲げる平和というのはわかりますが、どのように進めるのかを教えていただきたいのです」


「うーん。それは私も手探りでやっているんです」


「といいますと?」


「今後は仲良くしましょうとお手紙を送ってみました」


「なるほど、その返事は?」


「『騙されないぞ』とだけ」



 まぁ、そりゃぁそうか。

 敵対していた連中が急に手のひらを返しても誰も信用しないわな。



「私が新たな魔王になったという代替わりの挨拶と一緒に送ったのですが、警戒心がお強いようです」


「一筋縄ではいかないのでしょう」



 俺の返事を聞いてアナスタシア様がはかなげにうなずく。


 人間国の魔王軍憎しは今に始まったことじゃない。

 先代の魔王様が魔王軍を束ねてからずっと続いてきた戦いだ。

 それなりに根深いものがあるんだろう。



「そこでレオンさんにはお願いがあるんです」


「……なんでしょう?」



 無茶振りじゃないことを祈る。

 この姫さんとんでもない内容を投げてくることがある。

 俺としては要警戒だ。



「人間国よりも、まずは魔王軍が問題なのです。平和を目指すという考えは伝わっているはずですが、みなさんに温度差がありまして……」



 あーなるほど。それは俺も感じていたな。

 アナスタシア様の方針に前向きな奴がいる反面、納得していない奴もいる。



「幸い、オルモントは賛同をしてくれているので、騎士たちは協力的なのですが、それ以外の方達がちょっと……」


「ふむ。なるほど」



 騎士たちと聞いて、俺の頭には先ほどの門番の姿が思い起こされた。


 協力的?

 いやいや、俺にはめっちゃ冷たかったですよ?

 たしかに連絡もなく来た俺が悪いのだろう。

 そこは反省だ。


 でもですね。


 補佐役になってからの俺への風当たりが強いんです!

 あっちでもこっちでも!


 ……あ、これ、あれか。

 

 アナスタシア様の方針と俺への塩対応は別か。


 あぁ、そんな気がしてきた。なるほど、なるほど。


 つまり、アナスタシア様の方針に騎士以外はあまり協力的ではなくて。

 俺という存在に対しては、ほぼ全員が協力的ではないと。

 そういうことか。


 ……泣いていいか?



「なのでレオンさんには、まず魔王軍の意識を変えてもらいたいのです。我々の人間国に対する感情を良いものにしておかなければ、いつまで経っても分かり合えることはないでしょうから」


「……ちなみに期限などは?」


「特にありませんが、早い方がいいかと思います。災害獣の季節も近づいていることですし」


「そうですか……」



 納期はなる早ね。

 これはつまり、さっさとやれってことだ。

 この程度の言葉の裏ぐらい読めます。


 いやぁ、魔王軍の意識改革ってマジか。

 今の魔王軍の俺への印象はとても悪いんですが……。



「あの……無理、でしょうか?」



 アナスタシア様がうるんだ瞳でこちらのようすを伺ってきた。


 あぁ、くそう。

 困った感じの顔も可愛くて困る。



「すみません。無茶を言っていたなら、断ってもらっても大丈夫です。その……頼れる方がレオンさんしかいなかったものですから」



 ぐっはぁ!

 なんて強烈な一撃なんだ!


 『頼れる方がレオンさんしかいなかった』だってよ!


 これがプライベートの時間だったなら、俺は悶絶して死んでいただろうな。


 魔王の力恐るべし!


 負けだ。俺の完敗だ。

 仕方がない。やってやろうじゃないか。



 俺はとてもいい顔をしてこう言った。



「ご安心ください。このレオンが必ずやり遂げて見せましょう」

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