第14話 立ちはだかる者

「ですが、私は父とは別の道を行きます」



 え?

 いや、ちょっとどういう意味だ?


 彼女が何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 よく見ると他の魔王軍の連中も同じようにキョトンとした顔をしている。



「人間国と協力し、共存する未来を築いていきたいのです」



 はぁ!?

 いやいやいやいや、共存?

 待って待って、これはおかしい。

 魔王軍は人間国と敵対しているんですよ?


 しかもアナスタシア様を暗殺しようとしたやつ、あいつは人間国の者の可能性が高いってのに。


 ざわざわと騒がしくなる魔王軍。

 そりゃ当然だ。

 これまでは、人間? ぶっ殺してやるよ! の精神で生きてきたんだ。

 急に共存とか言われても、頭がついてこないって。



「過去の闘争に終止符を打ち、新たな友情と平和の時代を作ることが、魔王国の発展に繋がるでしょう」



 先代の魔王様とは全く逆の方針だ。

 アナスタシア様が言いたいことはわかる。

 死にたくない俺にとっては願ってもない話だ。


 だがこれは……。



 瞬時に周囲を伺う。

 今の彼女の言葉を聞いて、魔王軍の兵士たちはどう思うのか。



 先ほどまでの歓声が嘘のように、あたりには別の感情があふれているのがわかる。


 これは怒気だ。


 集まった魔王軍から寄せられる視線には、怒りの感情が含まれている。


 なんともいえない緊張感が漂う中、アナスタシア様は平然と続きの言葉を発した。



「人間たちから忌み嫌われる存在はもう終わりにしましょう。今日、今この瞬間から、我々は良き魔王軍として……」


「ちょっと待ったぁ!!」



 アナスタシア様の言葉を遮るように、魔王軍の中から声が響いた。


 声の主はひしめく魔王軍の中をかき分け、壇上のアナスタシア様へと近づく。


 あれは……四天王の一人。ワーウルフのウルガインだ。


 筋肉質な彼がアナスタシア様の目の前に現れると、護衛部隊の数人がアナスタシア様を守るように配置についた。

 俺はというと、ちょっと遠いのでまだ様子見だ。


 演説を中断されたアナスタシア様は、やってきたウルガインに対して声をかける。



「ウルガインさん。どうかされましたか?」


「どうかもクソもねぇ。人間国と仲良くするってのは本当か?」


「はい。私はそのつもりです」


「はぁ!? そんなバカな話があるかよ! 俺様はずっと人間どもと戦ってきたんだぞ!」



 ウルガインの言うことはもっともだろう。

 魔王軍の大半の兵士が、人間に対していい感情を持っていない。



「ですが、それでは何も生みません。真に魔王軍のことを考えるならば、ここは手を取り合うのが正解なのです」


「ふざけるな! ヴァルガス様が何のために戦ってこられたと思っているんだ!」


「それは父なりの魔王軍を思っての行動です。私には私なりの魔王軍を思う心があります」



 アナスタシア様の澄んだ視線を真っ向から受け止めるウルガイン。


 

「……そうかい」



 彼はポツリとつぶやくと、首をポキポキと鳴らし戦闘の構えをとった。



「信念を貫くことは大事だ。だが、ここで信念を貫くには相応の強さが必要なんだぜぇ!」


「皆の者! アナスタシア様をお守りしろ!」



 ウルガインがアナスタシア様へと飛び掛かる。

 それと同時に護衛についていた者たちが動き出した。


 ウルガインの行く手を阻むように展開する護衛たち。


 だが、相手は四天王の一人、ウルガインだ。

 魔王軍の中でも特に実力主義色が濃い獣人族の頂点。


 鍛え上げられた身体能力のみで戦う彼の姿を見て、プレイヤーたちは脳筋なんてあだ名を付けていたもんだ。


 そんな力で全てを解決する男にとって、多少の護衛なんて居ないに等しい。


 立ちはだかる護衛をバッタバッタと薙ぎ払い進む姿は、まさに狂戦士そのものだ。


 マジかぁぁぁ。

 これって俺も出ていかないとダメなんじゃないか?

 今戦っている誰かがウルガインを止めてくれればいいんだが……無理そうだな。


 困ったもんだ。

 内心ではアナスタシア様の共存共栄には大賛成していたんだぜ?

 だって、それが実現したなら俺が戦場に駆り出されることもないわけだ。


 俺の知っているシナリオとは全く違う展開だが、それで生きられるなら万々歳じゃん!

 ということで、心の中で小躍りしていたわけなんだが……。


 やべぇよ。

 これってウルガインが勝ったら、また人間と敵対する流れじゃないか。


 四天王を止められるほどの人材なんて、護衛部隊にいるはずがないんだ。

 ウルガイン勝ち確じゃね?


 ってことは戦争の未来再びだよな。


 ……なんなんコレ。


 戦争する流れに戻そうとする、シナリオの強制力とかやっぱりあるのか?


 ちくしょう。どうすりゃいいんだ!?



 次から次へと吹き飛ばされていく護衛たち。


 アナスタシア様がウルガインに勝てる可能性は……無いよなぁ。

 あったら暗殺者にやられてないもんな。


 だれか助っ人とかこないかなぁ。

 チラリと他の魔王軍の様子を見る。


 うわぁ。めっちゃ盛り上がってるやん!


 力こそ全てを体現していた先代魔王様が作り上げた魔王軍だ。

 見ているものたちも血の気の多い連中ばかりなので、見せ物感覚なんだろう。


 困ったな。

 これじゃあ助けが来ることは期待できなさそうだ。





 ついに俺以外の護衛が全員やられてしまった。


 俺もひどい怪我をしない程度にやられて、行く末を見守るのが無難か。


 そう考え、ウルガインの前に進み出る。



「がははははは! 護衛は貴様で最後か? ただの騎士程度では俺様を止めるのは不可能だったようだなぁ?」


「……」



 俺が最後の1人とわかった途端急に喋るやん。

 ちょっとうるさくてウザいんだが。



 チラリとアナスタシア様の様子を見ると、彼女は気丈な面持ちでウルガインをじっと見ていた。


 その瞬間、先日の事が脳裏によみがえる。


 決意を固め、心に信念を灯したアナスタシア様のあの目。


 剣と間違えてモップを持ち上げてしまった俺を、笑い飛ばしてくれた笑顔。



『レオンさん。どうかこれからも、よろしくお願いしますね』



 そうだよなぁ。

 約束したもんな。


 ここで無難にやられる?

 そんなことできるわけねぇ。


 相手は四天王だ。それもナンバー2の実力者。

 勝てる道理はない。



 だが……。



 俺は剣を抜いて構えた。



「よく吠えますね。遠吠えは勝ってからやってもらえますか?」

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