第13話 娘の歩む道

 新魔王の即位式がり行われた。


 アナスタシア様が正式に魔王となったことを、魔王軍全体に知らせる儀式だ。 


 魔王様の葬儀?

 そんな風習は魔王軍には無い。


 魔王城前の広場で一堂に会した魔王軍。


 持ち場を離れるわけにはいかない者たち以外は、ほぼ全員が集まっているのだろう。


 めっちゃおる。魔王軍ってこんなにいたんだなぁというくらい、めっちゃおる。


 俺はアナスタシア様の護衛部隊なので、大量の魔王軍とは別の場所。いわゆる舞台袖にて待機をしていた。



 いやぁ、しかしこの大観衆の前で挨拶するってマジか。

 俺だったら怖過ぎて逃げ出しているレベルだぞ。

 何万という視線に晒されて、まともに立っていられる自信がない。


 幸いなことに、アナスタシア様が公の場で発言することは、何も今回が初めてじゃないんだ。


 魔王の娘として演説をしたり、軍を鼓舞したりと、これまで多方面に渡って活躍をされている。


 だから何も心配することはない。


 今回の即位式は、俺にとっては特等席でアナスタシア様の話が聞けるという役得まみれのものだ。

 まじラッキー! 護衛部隊バンザイ!


 あの大量の兵士の中にいたら、アナスタシア様の顔なんて小さ過ぎて見れないぜ?


 はい、俺はもう勝ち組です。

 生演説と生アナスタシア様を堪能させてもらいます。うぇーい!


 お、ちょうどアナスタシア様がやってこられたぞ。

 よしよし、この歴史的な瞬間を俺の脳に刻むとしますかね。



 アナスタシア様が壇上に姿を現すと、先ほどまでざわついていた魔王軍がシンと静まり返った。


 おぉ!

 これはアナスタシア様の戦闘装備だろうか?


 黒色を基調としたドレスに、赤い金属のプレートが取り付けられている。

 いわゆるドレスアーマーと呼ばれるものだ。


 アクセントに白色が使われていて、赤黒い重厚な雰囲気の中に、キラリと光る清楚な要素が加わっている。


 さらには動きやすいようにとアナスタシア様の赤い髪は結い上げられていて、より一層凛々しく見える。


 その姿はダークサイドなヴァルキリーとでもいえばいいのだろうか。

 魔王軍らしいカラーに、アナスタシア様の可憐さが加わってだな。


 まぁなんだ。色々と言葉を重ねたが、つまりはめちゃくちゃ似合ってるってことだ。



 そんなカッコ可愛いアナスタシア様は、ゆっくりと魔王軍を眺めてから口を開いた。



「私はヴァルガス・デモニウスの娘。アナスタシア・デモニウスです。魔王軍の皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」



 アナスタシア様の可愛らしい声が、集まった魔王軍全体に響き渡る。


 いやぁ見事なもんだ。

 たくさんの魔王軍に見つめられているってのに、実に堂々とした振る舞い。

 生まれ持ったカリスマでもあるんだろうか。


 ぺこりと、大観衆に向けて頭を下げたアナスタシア様は、そのまま言葉を続けた。



「この度、魔王ヴァルガス・デモニウスの最後の言葉の受け、アナスタシア・デモニウスが魔王の座を継がせていただきました。今後は私が魔王軍を導いていきます。どうか皆さまよろしくお願いします」



「わあああああああああ!」

「アナスタシア様ーーーーー!」

「うおおおおおおおお!」



 多くの兵士が歓声を上げたことで、魔王城前の広場が一気に賑やかになった。


 これはアナスタシア様の人気のなせる技だな。

 彼女の戦闘能力は心許ないが、今までの行いが魔王軍にとっては好意的に受け止められているのだろう。


 だが、舞台袖に控えていた俺たちには、他の反応を示したものたちもチラホラと見えた。



「ふーん」

「………………」

「ほほう」



 歓声も上げずに、ただ静かにアナスタシア様を見つめている連中。


 おそらくだが、彼らはアナスタシア様が魔王に相応しいかどうかを見定めているのだろう。実力主義が根付いている魔王軍なのだから、これは当然の反応だ。


 俺はそんな彼らに警戒しつつもアナスタシア様の演説に耳を傾けた。



「父の偉大な歴史は知っております。魔王軍の頂点に君臨するに相応しい活躍も」



 先代の魔王様を思ってか、瞳を閉じて思いをせるように語るアナスタシア様。


 以前のこの土地は群雄割拠する戦乱時代だったらしい。

 各集落や部族が互いの主張をぶつけ合い、血で血を洗う戦場だったとか。

 それを力でねじ伏せ、一つにまとめたのがヴァルガス・デモニウスだ。


 正真正銘のバケモノなんだよなぁ。

 というか、いまだにあの魔王様がくたばったなんて、信じられないんだが。

 


 アナスタシア様は一呼吸おいて、その綺麗な目をパチリと開いた。


 凛とした、信念を宿した彼女の表情。この顔には見覚えがある。

 先代魔王の寝室で見せた覚悟を決めた顔だ。



 その顔でアナスタシア様は、だれもが予想しなかった言葉を発した。



「ですが、私は父とは別の道を行きます」

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