第10話 親子の別れ

「お父様!」


「……おぉ、アナス、タシア、か」



 入ってきたのはアナスタシア様だ。

 彼女は入室するなりすぐに魔王様が寝ているベッドに駆け寄った。


 起き上がることもままならない魔王様と、ベッドに体を寄せて心配そうな顔をしているアナスタシア様。


 ホントこれどうなってんの?


 ここから魔王様は回復して、アナスタシア様は暗殺されるんだろうか?


 魔王軍としてはかなり大きな出来事だと思うが、前日譚ぜんじつたんにこんなこと書かれていなかったぞ?


 まぁ主人公サイドじゃないからかもしれないが。



 ちなみに魔王様を心配するアナスタシア様ははかなげで可愛い。

 こんな顔も見れるんだから、この部屋の見張りはラッキーだったかもしれん。


 魔王様の勘繰かんぐりは困るが、これは役得だろう。役得最高です。



 父を思う娘と、娘に心配をかけないようにする父。

 魔王軍とはいうが、今この瞬間は美しい親子愛にあふれていると思う。



 そんな、親と子の輝かしい時間を邪魔するかのように、魔王様の部屋の扉が勢いよく開かれた。



「失礼する!」



 ズカズカと魔王の寝室に踏み入ってきたのは、魔王軍四天王のオルモントだ。


 暗黒騎士の頂点に立つ存在だが四天王の中では最弱。

 キザったらしい振る舞いが鼻につく、ウザいイケメンだ。


 彼は無遠慮ぶえんりょに魔王様のベッドに近づくと、魔王様を見下ろしながら声を発した。



「魔王様。そろそろ次期魔王を指名された方が良いのでは?」



 次期魔王!?

 いやいや、この世界の魔王はこの魔王様だけだぞ?

 何言ってんのこいつ?


 俺知ってるからね。そこの寝たきりの人、あと2回変身を残してるんよ。


 変身したらこんな体調なんてもうポーンって治るからね?

 あのキザ、バカだなぁ。


 俺はオルモントを内心でバカにしていたが、全く別の反応をする人もいた。



「それはお父様がもう死ぬということですか!?」



 アナスタシア様だ。

 彼女は可愛らしかった目をきつく釣り上げてオルモントをにらみつけている。



「その可能性が高まっているでしょう?」



 対するオルモントは、にらまれてもどこ吹く風でうっすら笑みを浮かべていた。



「そんな可能性はありません! そのような妄言を」

「アナ、スタシア、よい」



 オルモントに反論するアナスタシア様を、魔王様がか細い声で止めた。



「お父様! ですが!」


「ワシの命の、ことは、ワシが一番、知っておる」



 いやいや、たぶん俺が一番知っていると思う。


 あなたの死期は勇者にやられるその瞬間です。今じゃない。



「では、次期魔王にはこのオルモントを指名していただきましょうか」



 ハァ!? こいつ何言ってんの!?

 そんなこと言ったら、元気になった魔王様にボコられるぞ!?


 最弱なんだから大人しくしておけよ、ホントにアホだなぁ。



「ふ……ふふ。オルモントよ、その野心は、好きだが、おまえに、魔王の座を、譲るつもりは、ない」


「なぜですか!」



 魔王様の言葉を聞いて血相を変えたオルモント。


 それを見て思わず笑ってしまいそうになった。


 なぜって、おまえ四天王最弱やないかーい!

 それに魔王様は元気になるんだから、次期魔王なんて不要だ不要。



「オルモントよ、おまえは、魔王の器では、ない」


「くっ! では誰があなたの後を引き継ぐのですか?」



 さすが魔王様。よくわかってらっしゃる。オルモントには任せられないよな。


 俺は魔王様の言葉にうんうんとうなずく。



「次期、魔王には、アナスタシアを、指名する」



 えぇぇ!?


 ちょちょちょっと、この魔王様何言ってんの!?


 アナスタシア様は暗殺されるんですけど!


 魔王様はあなたですよ。


 そこは揺るぎませんから!



「なっ、まさか姫様が……」


「お父様! そのようなことは言わないでください! 魔王はお父様が続けるべきです!」



 これって茶番だよな?

 結局はシナリオ通り魔王様が魔王をやってくれるんだよな?


 結果を知っている俺だから静観できているけどさ。

 そうじゃない人がこの流れを見たら、全員があぁ魔王様死ぬんだって思っちゃうよ。


 ほら見てくれ。

 今も魔王様が弱々しく手を伸ばして、アナスタシア様の頬に触れたぞ。



「アナスタシアよ。後は頼んだ」



 そう言って魔王様は7色の光となって消え去った。


 え? 今のって死亡時のエフェクトじゃん。


 いや、えっと……あれ?


 いやいやいやいや、そんなそんな。



 ……。



 ええぇぇぇぇぇぇ!?



 魔王様のいた場所。


 ぽっかりと空いたベッドを見れば、嫌でもわからされた。



 魔王様、本当に死んだんだけどぉぉぉぉ!!

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