第8話 悪い知らせ

「レオンさんですよね?」


「……」



 どうしてアナスタシア様は、甲冑かっちゅう姿の俺を見分けることができるんだ?

 俺が扉の見張りをしていると、毎回話しかけられるんだが?


 返事をしないのは失礼に思われるかもしれないが、鬼の隊長が見ているんだ。俺は置物、俺は置物。



「おい、そこのモノ。姫様が話しかけているんだ、返事をしろ」



 ほら見てくれ、隊長ですら俺が誰かわかってないぞ。


 まぁそれはいいとして、返事をする許可が出たので、俺はすかさずアナスタシア様の質問に答えた。



「はい。レオンです」


「やっぱり〜。ふふふっ、いつも護衛をしてくれてありがとうございます」



 うわぁ。可愛い。


 こんな可愛い子が笑顔を振りまき、声をはずませている光景は万病に効くんじゃなかろうか。


 しかも、こんなただの騎士にまで気を使うなんて、いったいどれだけいい子なんだ。



 アナスタシア様の言葉に魔王軍式の敬礼で返すと、彼女は満足したようにうなずいて去っていった。



 こんな子が、いずれは暗殺者の手によって死ぬと考えると……はぁ、いたたまれないなぁ。


 護衛隊長を連れて離れていくアナスタシア様を憐憫れんびんの表情で見送っていると、今度は隣から声をかけられた。



「おい! またお前だけ話しかけられるなんてずるいぞ!」



 俺と同じように扉の警備をしていた暗黒騎士の男だ。



「いや、まぁ。たまたまだとは思うんですが……」



 俺とこの嫉妬しっと君は扉の左右を守る役目を任されていたんだが、俺だけアナスタシア様に話しかけられたことに怒っているようだった。



「たまたまぁ? そんなわけないだろ! お前と組んだ時にいつもお前だけ話しかけられているんだぞ!」



 うーん。そうなんだよなぁ。

 嫉妬しっと君の言う事は間違っていない。彼と組んでいる時に、俺は毎回アナスタシア様から話しかけられている。


 でも、少しだけ違う部分があるんだよな。


 それは俺が誰と組んでいようが、アナスタシア様に話しかけられているという事だ。


 護衛部隊全員が同じ装備に身を包んでいて見分けなんてつかないんだぜ?


 なのにアナスタシア様はんだが……。


 いや待てよ。ひょっとしたら背丈の似ている門番全員に聞いて回っているのかもしれないな。で、俺だと正解したから喜んでいた。そういうことかもしれない。


 曲がりなりにも彼女の危機に駆けつけたからな。そのおかげで名前を覚えてもらえただけなんが……。



「自分のように徳を積めば、話しかけてもらえるんじゃないですか?」


「はぁ!? なんだよ徳って!? もう少し具体的に説明しろ!」



 これはこれでちょっとした優越感なので、嫉妬しっと君には本当のことは黙っておこうと思う。






 嫉妬君の追求をはぐらかしつつ、部屋の主人が不在の扉を守り続ける。


 命の危険が無いのはいいことだが、やっぱり暇だ。


 アナスタシア様が居ない部屋なんて守らなくてもいいと思うかもしれないが、そうもいかない。

 不在中に暗殺者が忍び込む可能性もあるんだ。


 それに、考えてみてほしい。


 アニメとかでもよくあった、忍び込んだエージェントが門番の背後を素早く取って絞め殺すやつ。

 クエスチョンマークを頭に浮かべている間に首ポキだ。


 あんな目にう可能性だってある。


 なので暇とはいえそれなりに緊張感は持っているつもりだ。


 そんな感じで扉を守る番犬と化していた俺たちだったが……。




 そこに、普段とは異質な光景が訪れた。


 我らが護衛隊長が廊下の先から走ってやって来たんだ。しかも甲冑かっちゅうの兜も着けずに。



「おい! お前たち! 大変だ!」


「た、隊長? どうしたんですか?」



 まさかアナスタシア様が暗殺者に襲われたのか!?


 くそぅ! 今朝もあんなに可愛いらしい姿を見せてくれていたのに!


 にこやかに笑いながら、去り際に小さく手を振っていたアナスタシア様の様子が脳裏に過ぎる。


 俺はついにこの日が来たかと半ば諦めの顔をしたが、隊長が発した言葉は予想外のものだった。



「魔王様が倒れた!」



 ……え? 魔王様?

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