第2話 謎の悲鳴

 今、俺がいるのは魔王城内にある医務室だ。


 訓練中に倒れてしまった俺を、誰かが運んでくれたのだろう。


 怪我をした兵士を放り込むだけの名ばかりの医務室ではあるが、情報を整理したい俺にとってはありがたい。


 取り急ぎ考えなければいけないのは、この世界が『エンシェントクエスト』の世界だった場合についてだ。


 似たような世界でしたーってオチならそれでいい。

 それならまだ生きていける希望がある。


 でも同じ世界だった場合……あぁだめだ。ガチで死んじゃう未来しかない。



 これまでの24年間。レオンとして生きてきて得られた情報を、『エンクエ』の時間軸に当てはめてみるとだな。


 今はゲーム本編の開始前だろう。

 プロローグすら始まってないくらいのな。



 というのも、この『エンシェントクエスト』というゲームは、人間国と魔王軍との戦争状態から始まるんだ。


 だが今の魔王軍は戦争状態にはなっていない。

 いくら俺が一般兵でも、流石に戦争が始まったらわかるはずだ。


 なので、もしこの世界が『エンシェントクエスト』の世界であったとしても、今はまだゲーム開始前の段階ってわけだ。


 よしよし。ということは、今すぐ俺が戦場で死ぬような事態にはなっていないよな?


 うん、大丈夫だ。まずは戦争開始というイベントがあるはず。

 つまり即死は回避できているってわけだ。


 ……ふぅ〜よかったぁ。


 『エンクエ』の魔王軍に所属しているって気がついた瞬間に青ざめてたからね。

 飛び起きたもん。


 人間国のバケモノ将軍と出会ったら、一瞬で蒸発する未来しかないからな。

 戦場イコール死ですよ死。



 となると、この世界が本当にゲームの世界と同じかどうかを確かめるぐらいの時間はありそうだな。


 よし、そうと決まれば、早速魔王城内をチェックしてみるか。





 医務室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 こりゃぁ訓練の時間はもう終わってるな。

 もしかしたら晩ご飯の時間も過ぎているかもしれん。


 使い慣れた魔王城の廊下を進み、辺りをキョロキョロと見回す。


 レオンとしては馴染なじみのある風景だが、前世の記憶にある魔王城とは似ても似つかないな。


 『エンクエ』の魔王城は全体的に薄暗くておどろおどろしい装飾がほどこされていた。

 そこらじゅうに血の跡や骨が積んであったり、壁には血管のようなものが張り巡らされていてドクドクと脈打っていたり、天井にはこちらを見つめてくる巨大な瞳が、まるで蛍光灯のように各所についていたんだ。


 ザ・不気味を絵に描いたような城、それが魔王城だった。


 ところが、今俺の目の前にある魔王城は普通のお城だ。いわゆる中世のお城って感じで不気味な雰囲気なんて欠片もない。


 ほら、あそこに置いてある壺もなんだか上品さを感じるぞ。


 やっぱりここは『エンクエ』の世界ではない?


 いや、でもなぁ。魔王の名前も姿も全く一緒なんだよなぁ。



 魔王ヴァルガス・デモニウス。

 魔王軍の長にして魔族で最強の存在。力こそ全てを体現したトンデモ野郎だ。


 『エンクエ』のゲーム内では何度も対峙した相手だ。第2形態、第3形態と姿が変化していくが、この世界にいる魔王様はゲームに登場する第1形態と全く同じ姿をしている。


 低いのによく通る重圧のある声。あれは大御所声優さんだった気がするが、あの声も一緒じゃなかろうか。



 うう〜ん。『エンクエ』と同じ部分もあれば、違う部分もある。これでは正確な判断を下すのは難しいな。


 そもそも魔王城内部なんてゲームの終盤でしか訪れない場所だ。戦争が始まってから魔改造された可能性もあるんだよな。


 これが人間国だったなら、メイン舞台だったというのもあって、細かいところまでわかるんだが……。



 戦争状態になっていないとはいえ、両者の国民の仲は険悪だ。


 手軽に確かめに行くことも難しいだろう。まぁ、こればっかりはどうしようもないよな。




 たしかゲームのストーリーでは、この険悪な両者の関係が一気に激化するんだ。で、戦争状態になったはず。


 何がきっかけだったかな……あぁ、そうそう思い出した。



 魔王様の一人娘が何者かに暗殺されるんだ。


 それで魔王様がブチギレて人間国へ侵攻開始って流れだったはず。


 『エンクエ』に関しての知識は相当詰め込んでいたからな。ゲームの前日譚ぜんじつたんだって余裕で覚えているぜ?


 たしか、魔王城内のあまり人が立ち寄らないところで、魔王様の一人娘が襲われて死んでいたんだ。


 ちょうど俺の目の前に広がっている、魔王城と兵舎の間の暗い部分。こんな場所だったはず。そこで何者かに……。



「キャァァァァァァァ!」



 悲鳴!? まじか!?

 こんなところで悲鳴なんて聞こえるか?


 いや、そんなことはいい。それよりもまずは声の元に向かうべきだ。

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