フィナーレへ

「電源はこれね!」

奏さんがコンセントをコードリールの4つある口の一つに差し込んだ。


「それ、久しぶりに見たわ!」

先輩がアンコールの演奏のためにもう一度ドラムセットの位置を微調整しながらいう。


「あれ?」

「なに?」

「それって、ピアノですよね。どうして電気がいるんですか?」

「はあ!? ちょっと、鳴! どうなってんのよ、こいつ」

「ししし、いいでしょ?」

声とシンクロしている先輩の顔を見て、「そうだった」と短いため息をつきながらも奏さんは、なにかを諦めた同時に納得したみたいだ。


先輩と奏さん。

この二人がどんな関係で、どんなふうに付き合ってきて、どうやって時間を進めてきたのか。

多分俺には一生分かることはないだろう。

でも、なんでかそれがすごく嬉しい。

この二人を見てると、なったことはないけれど、親が子供を見守るような気持ちってこんななのかな? と感じてしまう。


「ちょっと! 笑ってる暇あんの! アンコール、どうするのよ?」

「どうしよっか」

「俺、この三曲しか弾けませんよ……」

「だと思ってたわ。まあ、でも」

「そうね! でも、大丈夫よ! 私たちなら!」

顔を見合わせて、笑い合っているこの二人にしか分かっていない『大丈夫』が、俺にはなんとなくだけれど理解できる。


最近少し重くなった。

今までの俺は軽すぎた。

でも最近やっと重くなってきた。よかった……まだまだ、だけれど。


「オイシクなってからなんて、図々しいったらありゃしない!」

「まあね!」

「……あの」

さっきからずっと俺たち、三人の声しかしていない。


だったあのふたつの声もいまはもう聴こえない。


「んじゃ、いきますか!」

「うん!」

「ちょ!? 俺まだなにやるか分かってませんよ!」

「なに焦ってんの?」

「そうよ天くん。慌てることなんてなにもないわ!」

「いやいや、ないわ! って、そんな」

「ほら、みんな待ってる!」

言い終わったと同時に、カッカッカッと、先輩がスティックを叩き合わせた。


シャラーーーーン

ドンタス! ドンタス! ドンタス!


「私、完璧主義者なの!」

それは俺に向かって言い放たれていた。

キレイで、整っていて、律された音を奏でながら。

「そうそう。ほんとそれ! やんなっちゃうわ、私と真逆よね、奏は」

そうやってずっと話してきたと、勝手知ったるリズムを先輩が刻む。


「……」


ポン! ポロンポロロン

タンシャン タンシャン トタンタン!


「まーそうね。及第点ってとこかしら」

「ええ~、完璧だったでしょ! ね、天くん」


「……」


シャンシャラ シャンシャラロン!

ドンドタン! タタタタタッ タスドン!


「なにずっと黙ってんの! 早く弾いてよねっ!」

「しししっ! もしかして怖い? そんなわけないわよねっ!」


「……」


怖くなんてあるはずがない。

はやく弾きたい……のに。

客観、いや、俯瞰。ううん、もっと広く、遠くまで見える。

ふたりの姿が見えなくなって、それでもまだ離れていく。


きもちいい。けれど……。


肌で感じることもない。

匂いも、味もしない。


やっぱり、まだまだ軽かったんだなぁ。

実感しながらも、ただフワフワと風漂う。


「どうして重くなろうとするの? それって、天くんらしくない。だってそうでしょ? そんな天くんだからこそそうやって、風になれるんだから!」

「でも、俺だって先輩と、奏さんとで演奏したい!」

「同じところ、って、なにいってんの?」

「ね! それってあまりにも変」

「なんでですか!?」


突然左指に雷が走る。

明確な目標めがけ、手、腕、肩、心臓を一気に抜けて、気づくと俺の意識は、右手首にグルグルに巻かれた水色のリボン、それが一生懸命に動いているのに行き着いた。

一瞬、これが動力源になっているのかと思った。

でも、すぐに消えてなくなったことで、きっかけに過ぎなかったと理解できた。


衝動を発散するように、確実で、大胆に、自由な、俺の意思で動かす。

知らずうちに全身から吹き出し、たれ流れている汗一粒一粒を感じる。

全力全開!!

前から、横から、上から、そして下からも、ほんの僅かの空気すら逃がすまいと躍起になった熱気が取り囲んでいる。


先輩のドラム。

奏さんのピアノ。

そして俺のギター。


三つの楽器で、フィナーレへ!!

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