アンコール
まだ、だったのに。
これで、終わりか……。
拍手は止むことがなく未だに続いている。
中にはどうしてか泣いているのもいる。
やたら大きな声で安い称賛の言葉を叫び続けているやつもいる。
俺は、あの声を探す。
どこから聴こえてきたのか、ゆっくりと、絶対に見つけてやると意気込んで、歓声の一つ一つをしらみ潰していく。
うるさい。
さっきからずっとこの声たちが邪魔だ!
勝手に手を叩きやがって!
勝手に感動しやがって!
勝手に満足しやがって!
まだなんだぞ!
まだ気に入ってないんだぞ!
まだ納得してないんだぞ!
ずっと、ずーっと、終わりたくないんだぞ、俺は!
「天くん……終わりよ」
「ですか」
「うん、分かってるわ。でも、今日はこれでおわり。イイ?」
「…………ハイ」
先輩も一緒だ。
だから空返事に同じく答える。
「――コール」
!
「アンコール」
!!
「アンコール!」
!!!
「アンコールよ!」
廊下ですれ違ったときに聴いた声。
あの声が聴こえる!
どこだ?
どっから聴こえる!?
「そうだ、アンコール」
「うん、アンコール」
「アンコール! アンコール!」
次第にその言葉をここにいる全員が口にしだす。
「「「「「アンコール! アンコール!」」」」」
幾重にもなった掛け声は、興奮を生んで、空気を気持ちよく、異形に膨らませるように盛り上がっていく。
始めるときは見えていたのに、今は誰一人として見つけることができない。
環さんも、店長も、顧問も、母さんも。
「奏?」
そうか。きっと先輩も奏さんを見失ってしまったんだな。
「さっきまであそこにいたのに。どこいったんだろう?」
え?
俺は、声になるより先に、先輩のほうを振り向く。
「いたのよ! あそこに! さっきまで!」
先輩はドラムのスティックで奏さんがいた場所を指す。
「ちょっと、どいて!」
アンコールだけの声の中、まるで群れからはみ出したように声がする。
「聴きたいんでしょ! アンコールっ!」
「奏っ!」
先輩が誰よりも先にその声を見つけて叫ぶ。
「通れない! じゃま!」
「天くん! 行くわよ!」
まだ見つけられていない俺の手を先輩は強く掴んで引っ張る。
「お願い! どいてください! もう一人メンバーが来たから!」
俺は、必死にギターが他の人に当たらないようにするのに精一杯で、先輩が掻き分けて進む先を見ることができない。
「奏! こっち!」
ブンブンと、まわりのことなんて構うことなく、先輩は突き上げた手を大きく左右に振った。
そのことで、俺を引っ張っていたほうの手の力が若干緩む。
はぐれてしまわないように、年甲斐もなく俺は強く握り返す。と、二人の一つになった手を包むように、さらに違う手が掴んだ
「引っ張って!」
俺は、なにがなんだか分からないまま、言われるがままに、掴んできた手を思いっきり引っ張った。
ポロン!
そんな音がしたかと思ったら、先に観客の群れから外れた俺の目の前に、二人の姿が続く。
「やるよ!」
瞬時に、奏さんの声が先輩と俺を見る。
「ええ、もちろん!」
続いて、しししっというあの音が聴こえる。
気がつくと、二人は俺のことを睨むように、けれど優しく、そして、今にも破裂しそうに膨らませた鼻の穴をこっち向けて、さらに口元は完全に笑っていた。
「当たり前です」
出来ているかどうかは分からないけれど俺も、声と顔を同じにして答えた。
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