『月光』
粒立った音がレスポールから離れると、一音一音がきっちりとした形になって、すぐに隙間を見つけ、丁寧に埋め尽くしていく。
ダン!
先輩のドラムをきっかけに、ギチギチに敷き詰まったそれが一気に弾け、勢いよく宙へ舞っていく。
これでいい。
これが『月光』という曲の始まり。
十分だった空間をさらに膨れ上がらせ、存分に内圧を上げきったところで弾け飛ばす。どこまでも、高らかに。
『飛んでいけ』
そう思い、願い、静かに運指する。
僅かな揺らぎも大きく影響を受けてしまうほど薄い膜になったところに、フゥっと息を吹きかけるように……破けてしまわないように。
普通は……多分。
ライブの始まりはもっとキャッチーで、派手な、分かりやすい曲が妥当だろう。
けれどそうしなかった。
特別。
それもあるが、一番は、必要がなかったからだ。
吹奏楽のコンサートが行われている会場からここまでは結構離れている。
向こうは室内。こっちは屋外。
それに加え、当然のこととして音の量が違う。違い過ぎる。
校内放送から少しして始まったコンサートの音は、準備していた俺たちのところまで聴こえてきていた。
だからといってそれは、こうしてライブをやると決めた時点で解っていたことだ。
そのくらいで丁度いい。と。
シャララーン
間隔を短くしたアルペジオに変わったぶん、音の密度が増す。
ここまでくれば、雲や風の障害物はない。
言い訳のできない空間が広がっているだけだ。
これがこの曲を選んだ理由だ。
『『届いた!』』
遮蔽物を無視できるほど、透明で薄くて小さくなった音。
かろうじて存在しているそれを、俺と先輩はコンサート会場へと確実に届けた。
自分の出した音って、それがどこに、どれだけ届いたのかということが分かるものなんだな。
『弱すぎる。けど、それがいい。』
気づく。ということを強要させてはせっかくのこの曲のもつイメージ、力を分散させてしまう。
何気に。と同時に、ふわり。と実感させる。
あれ?
なんだ?
どこから?
どうして?
そんなふうに。
届いた音を、この膜の薄さのままでコンサート会場に詰め込んでしまったら、互いの摩擦で破けてしまう。
ならもっと小さく。無限にまで詰められるものにしよう。
先輩と目が合う。
俺は少しだけ頷く。
『光』だ。
お誂え向きにもコンサート会場は暗い。かろうじて吹奏楽の演奏している場所にライトが当たっているくらいだ。
「あれ?」
「なんだ?」
「どこから?」
「どうして?」
降り注ぐ明かりは、壇上を照らすライトほど強くてはいけない。
あくまで紛らせるだけ。
直接的な光は野暮で、そもそも俺や先輩らしくない。
狡猾でありながら正々堂々。
矛盾を正当化させる。それってとても俺たちらしい。
トトン タタン
シャラ シャララ
いい頃合いだ。
今感じているそれがなんなのか気づかせてやろう。
『月光』を。
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