――
「あれから一回も会いませんね、環さんと」
「ふふ、そうね」
そろそろ昼食時になる。
俺は先輩となんとなく校舎の中を一緒に歩いていた。
普段の、全く同じ雰囲気の空間の連続は今日、まったく違った雰囲気を、それぞれの空間から溢れ出させている。
そのことがより一層、今日が文化祭、つまりは本番だということを知らしめてくる。
「天くんのクラスは何やってるの?」
「さあ」
「はぁー。あのねぇ」
「なんですか?」
ため息を気にもとめないで進む俺を見てか、先輩は。
「もういいわ」
そういって、なにかを諦めたようだった。
「メーイ!」「天地さーん!」
二つの声が不意に先輩を呼び止める。
だから俺も、二、三歩先に進んでから遅れて一応止まってみた。
「なっちん、りょうこ。どうしたの?」
「どうしたじゃない!」
「今までどこにいたんです?」
二人はかなり焦っている様子だ。
「メイがいなかったらうちの店は絶望的なのよ!」
「そうですよ! 早く戻ってきてください!」
一方的に何かしらを二人は先輩に要求してくる。
「先輩のクラス展ってなにやってるんですか?」
「え? ああ、食堂……みたいなものよ」
「はあ!? 違うでしょ!」
「そうですよ! うちのクラス展は割烹料理屋です。間違えないでください!」
「プッ! 割烹料理屋!? なんですか、それ」
俺はつい吹き出してしまった。
「ちょっと、なに笑ってんの?」
「すいません」
「私たちは本気なんですからね!」
「すいません」
「そうよ、天くん。うちの連中は常軌を逸してるんだからね」
「すいませ、ん?」
「とにかく、料理担当のメイがいなくてテンパってるんだから」
多分、先輩のいうところのなっちんさんが一刻を争うように言い立てる。
「俺のことはいいんで、急いで行ってきてください」
「ほら、メイ! 彼もこう言ってるんだから、早く!」
「ごめんね。せっかくの二人の時間なのに」
多分、りょうこさんが俺に対してなにか勘違いしているようなことを言う。
「わかった。行ってくるわ! 必ず時間には戻るから!」
「ちょ! 先輩っ!」
「あ! ごめん!」
先輩は大げさに自分の口を両手のひらで押さえる。
「べつに私たちだってあんたらの仲を裂こうなんてこれっぽっちも思ってないから! ええっと……」
「天です」
「アメくんとメイの時間はちゃんとするから。ちょこっとだけ! ちょこっとだけこいつ借してね!」
そう言い残して、二人が先輩の両手をそれぞれに掴んで、ほとんど無理矢理に引っ張っていってしまった。
去り際、先輩が苦し紛れに、「やるわよーーー!」っと、もうそれはほとんど叫んでいるようにすると、二人にはそのままに、でも俺には違っていて、俺には俺にだけにしか分からないこととして届いた。
「さて、っと。時間までどうするか……」
人混みを掻き分けて、三人のかしまし娘たちが走り去っていったあとをぼーっと見つめながら途方にくれる。
「すごい声だったなぁ!」
まわりでは、先輩の出した叫び声に気がついた人たちが、その醜態をさらしている女子高校生に対して、それぞれがそれそれの思いで笑い声を浴びせていた。
入り混じっていく空気。
そんな中で彼女だけが違っていた。
そこからだけは、上気した空気が震えていて、その摩擦からは熱が生まれていた。
太陽。
俺は、室内にいるのに自分の正面からそれを確かに感じる。
動かした足は止まらず、上げようとした顔はそのままで近づく。
「ここの生徒かなぁ? なんだろう。まるで雷みたい」
すれ違いざま、俺の耳に彼女の歌うような言葉が聴こえた。
なんだろう。
雲一つ無い空。
そこに浮かぶ真っ白な太陽。
晴れた声。それは歌。
突然の答えに俺は戸惑う。
無意識に押さえていた自分の胸のこの高鳴りは、最近感じたなにかに似ていた。
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