位置について……
どれくらい寝ることができたんだろう。
多分二時間くらい、三時間は眠っていなかっただろう。
「気持ちいいな」
起き際、完全な状態ではない頭で俺はそういっていた。
外は明るくなっていて、日曜なのにやけに喧騒を感じる。
それが自分の心臓のせいだということに気づいたのは母さんが作ってくれた朝食を食べ、必要になるもの、そこに確かな重さを感じる赭色のケースを持って玄関に立ったときだった。
「行ってきます」
「おう、まあ頑張ってこいっ!」
母さんの言葉がさらに俺を騒がしくする。
「おおっと、待った! 時間を聴いてなかった。で? いつなんだゲリラライブは?」
「はぁー」
やっぱり。
「多分二時くらい」
「しししっ、了解!」
俺以上に騒々しい母さんの笑顔を見ながら、玄関をその勢いのまま飛び出した。
―✽―
「あんまり寝てないけどいい感じね!」
「ね!」
二人は同じ顔で空を見上げる。
「いいの? これで」
「うん」
「そう」
―✽―
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはよ。どうだった、そいつ」
「分かってて聞いてます?」
「ふふふ、まあね」
準備してあったブルーシートを被せたおいたそれは、昨日のまま駐輪場の片隅に置いてある。
それだけだが唯一の不安点だった。
だから、俺達は自然とここに朝イチに集まった。
「準備は? いつからするの?」
「「準備?」」
「そうよ。なに? しなくちゃ駄目でしょ?」
そんなことを聞く環さんに、俺と先輩は顔を見合わせる。
次の瞬間、三人しかいない駐輪場に俺と先輩の笑い声が響き渡る。
「あーはいはい。そういうことね」
すぐにそういって、環さんもそこに加わる。
そりゃ準備はする。必要だ。
でも出来てる。
準備万端だ。
「いい天気ですかね? 今日も」
「そうね。きっといい天気よ、今日も」
「するわよ準備!」
環さんが俺達に言う。
「はい、しましょう準備」
「はいはい。今日もせっかちねたまちゃんは」
朝の空気は少し湿っていて、でも澄んでもいて。
日差しはなく、膜の張ったような視界が前にある。
そこらでポツポツと声がしだしてそれらが耳に届く。
言葉は、今日俺達が演奏する曲にはない。
俗に言う『インストゥルメンタル』というやつだ。
それも、ギターとドラムだけという、到底演奏する体制じゃあない。
昨日のプロのバンド演奏。
今日、あの演奏が行われた場所では、目玉でもある、学校総出で行われる演目。吹奏楽のコンサートが催される。
「時間はまだあるからゆっくりね」
「はい」
「つうか、マジで裏でやるの?」
「ええ」
「なにか問題でもあるんですか?」
「問題って……。あんたはまだ分かるわ。でも、鳴。あんたは違うでしょ? 私の住んでるとこにだってここの吹奏楽の評判は届くくらいなのよ」
「へえ、そうなんですか」
「あんたは黙ってて……。昨晩も言ったけど、『音』はそんなに簡単じゃないわよ。いくらあんたらが天才でも、こんな場所で、それもギターとドラムだけで、何十人っていう編成で演奏する音に勝とうなんて無茶よ、無茶苦茶よ」
環さんは相変わらず純粋で。だから十分にその言葉は俺達に届く。
「勝ち負けは無いわ、たまちゃん。最初から吹奏楽は相手にしてない」
「だからって!」
「あえてよ。あえて勝ち負けを問うのなら、もう勝ってる」
「なにが!? どこが!?」
「全て。全部よ。質も、量も、それに」
「それに?」
「音楽としても、よ」
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