不確定要素。
時間って止まるんだな。
今という時間の中でそう実感してしまっていた。
「なんで、そんなことをいまここで……」
「いいから――答えて」
もとより静寂がデフォルトなこの空間がさらに静かに、そして薄暗く、先輩の声がそうする。
「言わなくちゃダメですか、それ」
「それ、って何? 私は真剣に聞いてるのよ」
答えなければ明日にひびく。
そう思えればどれだけよかったか……しかし、そんなふうにはならなかった。
「元気で、」
「元気で?」
「それが行き過ぎて強引で、」
「強引で?」
「けれど声とか仕草はキレイで、」
「……で?」
道は一本だけ。脇道は無い。
「金色の、」
「金色で……んっ!?」
なら作るしかない。
「最高の音を出すことができます!」
早口でごまかす。
「はあ!!? なにそれ!!」
突貫じゃここまでだ。
「あーーー、もういいわ!」
「じゃ、そういうことで。準備しましょうか」
自分で言っていて笑えてくる。
実際、俺は今多分笑顔だ。
先輩の大声がこうも効果的に、薄暗かった駐輪場をいとも簡単に澄み渡らせたことも要因になって。
「よし! 準備はこれで完璧! あとは明日ね」
「ですね。奏さんには今日会ってないんですよね?」
「ええ、多分あそこにも来てないと思う……」
俺と先輩が明日ここでやろうとしていることの最大の理由は奏さんだ。
あの男が奏さんの選んだ超一流ならば……という先輩の試み。
そして、それを証明するためには、俺のギターがすべてを決めるといっても全然、全く、過言じゃない。むしろ、最低条件ですらある。
「今日もこれからBURST?」
「はい。環さんからレスポールを受け取ってからですけど」
「心配はしていないけど、初めてでしょ、あの設備で弾くの」
「俺としては、先輩に心配してもらっていたほうが楽なんですけどね。まあ、そこらへんは実際弾いてみないとなんとも。なんせ……俺には経験が圧倒的に足りてませんから」
あの男に対して。
そこは言わないでおいた。
先輩と奏さんには悪いが、俺の最大の目的はあの男の、あの音だ。
あの音のすべてを否定し、壊す。
結果的には、それで全てが丸く収まるし、なによりも、俺が納得できる。
そうだ。
俺は納得したい。
気持ちよかったと。
俺にはギターを弾く資格があるんだと。
証明したい、超一流だと。
「一応緒方さんも誘ってみます。多分断られるとは思いますけど」
「そんなことはないわよ。だっておがたっち、ああ見えて結構熱いとこあるから」
「ですかね」
なんとなく分かって、苦笑する。
「楽しそうね、鳴」
澄み切った空気を突然の響きがそのままに揺らした。
俺も先輩も不意に揺らされた空気に、必要以上に敏感に反応してしまう。
「いつもこんな感じよ」
「そうなのね。まあ確かに、あんたの作るそんな空気は居心地いいからね」
「よくご存知で……」
一瞬にして駐輪場の空気が二人のそれになる。
熱くも寒くもない。言ってしまえば、少し歪んだような、中置半端な空気だ。
「じゃ、俺バイト行きますから」
「ええ、お疲れ様」
その先輩の言い方は他人行儀なふうに聴こえた。
「あなた、名前は?」
BURSTに行くにはどうしてもそこを通らなければいけない。
奏さんの横を通り過ぎようとした瞬間、聞かれた。
「風間天です」
「一年……よね?」
「はい」
「なるほど。もういいわ、ごめんなさいね、呼び止めてしまって」
「いえ」
奏さんが俺に掛けた言葉を聴いた瞬間、なぜか中途半端だった空気が、元の澄んだ空気に戻ったような気がした。
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