案ずるより産むが易し……?

階段を上がり、一階に、店内に戻ってから俺は、店長からバイトで行うことになる業務について説明を受けた。

そこで店長の名前が緒方充おがたみつるということを知った。


「緒方さん」

「なんだ?」

「これでも一応学生で、放課後になれば部活があるんで、俺が働ける時間って休みの土日がメインになってしまうんですけど」

「毎日来い。いくら遅くなってもいい。お前には圧倒的に足りてないからな」

店長が次に口にすることが手に取るように分かる。

「来ます。毎日」

くい気味に答えると「くくくっ」と店長は、笑うということに慣れていないんだなと思えるような笑い方をした。


「おーい! おがたっち、来たわよー!」

ギターコーナー。それは、この店の最奥部。

「天、客が来たぞ」

「初仕事ですね」


「いらっしゃいませ」

俺は生まれて初めてのその言葉を口にする。

「あら? もう来てたのね……って、それってどういうこと?」

「こいうことです」

そう言いながらさっき渡された、センス良くデザインされたエプロンを付ける。

「うーん、似合って……馬子になんたらとは今の天くんのためにある言葉ね」

先輩の言葉を聴いてしまったことで気分が高揚していたのに気づき、

「似合うようになります……」

そう誓わされたかたちで言った。


「いつものことだが。前日になって突然連絡よこすなよ」

「まーたそんな言い方してぇ。いないでしょ? 一日貸し切りでスタジオ借りる人なんて!」

その店長と先輩のやり取りはまるで、ルーティンのように流れるような会話に聴こえた。

「ん!? 今日ここに来たのって」

「一日だけになっちゃったけど。言ったでしょ、特訓するって!」

得意満面。先輩が言う。

「でも俺のギター、環さんのところに預けてるんですけど」

それを聴いて、

「ちっちっち。天くん、ここはどこ?」

と、人差し指だけを出し、左右に言葉のリズムに乗せて振る仕草をした。

「だからなんですか」

言った言葉にわずかな怒りを乗せる。

「店長!」

俺を無視するように先輩が突然大きな声を出し、パチンと指を鳴らす。

「ったく、何様だ。」

そう言い捨てるようにすると、数ある、綺麗に並べられたギターから、ではなく、レジ裏のドアを開け、その奥から一本のギターを持ってきた。


「さ、始めるわよ!」

先輩が俺の手を引く。

どんなギターなんだろうかと確認したかったが、その感触に、俺の意識と興味は一気に注がれていった。


地下に降り、もう一方の手で軽々と防音扉を先輩が開ける。

「時間がないから手短に段取りをいうわね」

片手だった感触が両手にもどる。


「文化祭でやるわよ」


まっすぐ、何度もその目を向けられた。

だから段取りだと言っておいて、そのすべてをふっとばして結論を言われたとしても何を言いたいのかが分かった。


「やりましょう」

俺は静かにそう答えた。

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