疲労

これからの目的ができたことで、それも俺からの発言ということも相まって、そこからの先輩のテンションは普段のそれに輪をかけて、もはや狂乱してしまったかのようにスキップをし始め、鼻歌も高らかに、勢いのまま、終電などとうに逃していたことで、結果、二駅分をそんなふうのデフォルトで俺を巻き込み帰路についた。



人生史上最も長く感じた一日を両足にしっかりと実感しながら、玄関のノブを回すと鍵は閉まっていなかった。

中に入るとリビングの明かりがつけっぱなしになっていたが、母さんが起きている気配は無い。

俺はなるべく物音を立てないようにする。

「!」

靴紐を解こうと屈んだ瞬間、尻ポケットがぶるっと震えた。

ガラケーをパカっと開くと、先輩からのショートメールだと分かった。


『ならやることがある』

一文だけの連絡。

『なんですか?』

当然そう送り返す。

『明日お昼にBURSTに来て。おやすみなさい』

もったいぶっていて、答えでもない返信。

俺は玄関に突っ立ったまましばらく返信の真意を考えたが、丸投げしていたことを思い出し、何かを諦めたように携帯を畳んだ。


「おかえり。深夜に出ていったまま全く連絡もよこさず、なんとも中途半端な時間に帰ってきたもんだ」

「起きてたんだ」

「こんな一人息子でも、外出したまま帰ってこないとなると不安だからね」

母さんは格好はパジャマ姿だったが、普段通りにハキハキとした口調で、それが寝ていなかったことをものがたっていた。


「ごめんなさい」

一言そういうだけにする。

「まあいいけどね。こうして無事に帰ってきたし。さっさと風呂入って寝ろ。お前のそんな疲れた顔はじめて見たぞ」

「うん。そうする」

「風呂沸かしてあるから。シャワーだけじゃダメだからな、分かったな」

「うん」

「……じゃ私は寝るから」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


俺はまっすぐ浴室に向かう。

風呂に浸かっている間は敢えてなにも考えないようにした。

汗でベタついた体を洗い、湯船に浸かっていると、水には疲れを取り除く力があるんだなということを唯一思う。

けれど、疲れが取れたなといざ風呂から上がってみると、全身にかかる重力を何倍にもなって感じた。

ほとんど体をズルようにして自分の部屋に向かっていく。

やっとのことベットに突っ伏すと、

「疲れた」

と、とても自然な音になった。

俺はそれを聴きながら、笑みを浮かべていることに気づく。

そしてそれは刹那のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る