深夜の出会い……
俺達はライブハウスを出ると、もと来た道、その一点だけを見つめる。
「なんでここに寄ったんですか?」
俺は先輩の後ろ姿に聞く。
「ごめんね。本当はもっとあとになってから一緒に見に来ようと思っていたんだけど」
突然謝られたことに、何がなんだか分からなくなる。
「……答えになってません」
「うん。そうだね。ごめんなさい」
先輩がまた謝る。
「逆に聞いてもいい?」
「……はい」
「演奏、どうだった?」
先輩はズルい。
自分に自信が無い時。感情を悟られないように俺に背を向けたまま話す。
その行動は逆効果になってしまっていることが分かっているはずなのに。
「上手かった、です」
「ふーん、他には?」
「凄かった、です」
「他には?」
「プロっぽかったです」
「他には?」
「……」
「ねえ、他は?」
「先輩!」
「……なに?」
「こっち向いてください!」
「ごめん。無理」
「どうして!」
「そんなの決まってるじゃない! 今の自分が嫌だからよっ!」
深夜独特の音の生まれる気配のない静寂が、余計に先輩のその言葉を俺の耳に強く届ける。
「嫌だし、気持ち悪い。そうなるのが分かってて、だから天くんを連れていったの……。最悪でしょ? 私。あの音を聞けば天くんがどうなるのか、どんな気分になるのかなんて考えなくても分かるのに。でも我慢できなかった」
肩が震えている。
あの先輩なんだから息切れして肩で呼吸なんてするはずがないし、ましてや泣いてでなんてありえない。
怖いんだ。
自分のしたこと。その自分が。
「大丈夫ですよ、俺は」
言って驚いた。
今出した自分の声があまりにも明るく、能天気なことに。
だから、恥ずかしくなって急いで付け足すように言い加える。
「あんなの音楽だと思ってないですから。俺のほうが上手いし、凄いし。だから大丈夫! でしょ?」
付け足して損した。
振り向いて欲しくて言ったのに、あまりにも自分で言った内容が浮きに浮いていて体中が熱くなってしまっている。
「……しししっ、いいこと聴けたわ。 へー、そうなんだ。天くん、あれよりも上手くて凄いんだ……」
そこまで言ってから先輩は振り返る。
本当にズルい。
変な声で、そうやって笑って。
「鳴っ!」
突然したその声は、そんな先輩の声を止め、笑顔をやめさせた。
「来てたのね」
せっかく振り向いてくれたのに、また後ろを見てしまった。
「どうだった?」
俺からは後ろからの声だけしか聴こえてこない。
「良かったんじゃない。奏らしくて」
俺のすぐ横をすり抜けた先輩の声は、まるで独り言のように発せられている。
「超一流でしょ。……あの人とは少し前にコンクールの時紹介されてね。そこで声かけられて。で、今日初めてここで演奏したの。どう? 凄いでしょ、彼。私たちが探してたギターじゃない?」
落ち着いているのに、その声はどこか不安気で、そして何よりもなにかを取り繕っているように聴こえる。
「全然違う。それに、ギターはもう見つかったから」
まるで俺の存在をわすれてしまったかのように話す先輩の声は、普段話す時とは明らかに違う口調、音色だ。
「ふーん。そこにいるのがそうなの?」
そう言われて振り返ると、先輩の視線の先にあった声の主と目が合う。
ショートヘアというにも短く。邪魔だから切ったと言わんばかりに毛先が揃っていない。いってしまえば、先輩とは真逆の印象を俺に与えてきた。
先輩が丸いというなら、その人は三角、そんな目をしていて、見るからにキツイ性格だということが分かる。
背は俺よりも高く、体重は軽いとはっきり分かる体躯。
あのギターと一緒になってピアノを弾いていた女。
「ええ。言っとくけど、あの男なんか目じゃないから。ね、天くん」
二人の視線が俺で重なる。
「ま、まあ……」
「響さん?」
ライブハウスの入口の扉から顔だけを出して男がそう呼びかける。
それはあのギターを弾いていた男だ。
「なんでもないです。いま戻りますから」
丁寧な口調で言って体を反転させ中に戻っていこうとする。
「奏っ! あれは違う。よく聴いて、違うから」
先輩のその言葉に一瞬だけ足を止め、
「わかった」
と、一言だけ残しライブハウスの中に消えていった。
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