不協『和音』
階段を降りるにつれ、段々とその音は確かな音楽になっていった。
「おこらないでね」
「え?」
呟いた先輩の言葉は、空けられたドアによって瞬時に掻き消された。
ちょうど教室と同じくらいだろうか。そこに、ギュウギュウ詰めになっている人達が、これでもかと大声を張り上げ、腕を振り上げて大げさに騒いでいる。
そんな状況に俺は、反射的に両手で両耳を塞いだ。
うるさい。
声に出しても無駄だと分かって、そう思うだけにしておく。
「うるさいねー!」
うるさい音のせいで、せっかくの先輩の声がうまく聴き取れない。
俺と先輩は、入口付近で足止めをくらう形になったことで、うるさいそれが無くなることを願って、ただ我慢するしかなかった。
二、三分すると、演奏していたバンドのボーカルがなにやら喚いて、そのことで他の連中が袖に引き下がっていき、次いでボーカルもなにか言いながらステージ上からいなくなった。
すると、そこに置かれたままになっていた楽器すべてが従業員らしき人達によって片付けられ、替わりにピアノが壇上に運び込まれてきた。
気づくと、さっきまで馬鹿騒ぎしていた連中全員が一点にステージ上を見つめ、先程までのことが嘘だったかのように静まり返っている。
まるで狙いすましたかのようなこのタイミング。
俺は、先輩が楓さんの「泊まっていけば」という申し出を断った理由がコレだったのかと気づく。
「これから出てくるバンドを見たかったんですね?」
静まり返ったおかげで、普段喋っている音量で先輩に聞くことができた。
すると、「しっ!」と先輩が、人指し指を口の前に立てる。
その瞬間、会場がドッと一斉に沸いた。
おそらく俺だけが壇上に現れた二人組が登場した瞬間を見逃してしまった。
急いで壇上に視線を戻す。
ライトアップされていないのに、そこに立っているのが二人だけだとはっきり認識できた。
男と女の二人組。
先に、袖に近かったことで女がピアノを弾くために椅子に座る。
次に男が、マイクスタンドの高さを調整すると、すでに準備されていた自分のギターを肩にかけ、体勢を整えた。
そんなことを暗転したままのステージ上で意図も容易く行っている二人が俺にはとてもかっこよく見えてしまっていた。
男が振り返り、女になにやら合図を送る。
「それじゃ一曲目、聴いてください」
言った瞬間だった。
一気に壇上がライトアップされ、二人の全貌があらわになる。
同時に、ギターの音が会場中に鳴り響く。
ジャラララララー。
その音を聴いた途端だった。
感じ取ったものが異形で、異物だと俺の体が反応する。
そこに、ピアノの音が重なってしまう。
さらに俺の感じたものが確かなものになる。
俺は思わず、助けを求めるようにして暗がりの中、先輩の顔を確認してしまう。
そこには、口を真一文字に結び、唇を噛み締め、なにかに耐えている顔があった。
「頑張って聴いてね。これが不協和音だから」
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