揺れる思い……

「はー、お腹いっぱい!」

朝の時とは明らかに違う揺れを感じながら、満足だということがいやでも分かる声をすぐ隣で先輩が出す。


あの後、楓さんは、俺からしたら少し早い晩ごはんを用意してくれた。

品数の異常に多い、テーブルを埋め尽くされた料理を先輩は片っ端から箸をつけ、それぞれを食べる度に、「美味しい!」と歓喜していた。

確かにどれもすごく美味しかった。

それに、基本、うちでは一品ものが多かった。(カレーをはじめ、丼物、ラーメン、スパゲッティなど)

炒め物、煮物、佃煮、漬物と、和食一色だったのにも驚いた。


「久しぶりに一度にあんなにたくさん食べたわ」

今にも眠りそうな目元が妙に気になる。

「にしても、あれには驚いたぁ」

そんな両目をとうとう瞑り、もはや独り言のように呟く。

「まさか《《告白》するなんて》」


そうだ。

不意にも、不意打ちにも、俺は環さんに告白してしまっていた。

「好きです」と。


その瞬間には、さすがの女性陣全員が一時停止させられたがごとく、ワイワイガヤガヤ、女三人よれば何某としていた音が一斉に止んだ。

次に変化が起きたのは、環さんの耳の肌の色だった。

店の看板と同じく、真紅に。

それに気付いた二人はそれぞれに反応した。

楓さんが吹き出すように笑い、先輩だけは全く変化のないままだった。


「別に特別な意味はないです」


俺はそんな三人の反応に対して別段取り繕うことはしなかった。


「そんなこと言ってもダメよ……あれは」


そういえば、夕食後、楓さんに駅まで送ってもらい、電車に乗り込んでから一度も先輩と目が合っていない。


「ねえ、天くん」

「なんですか?」

流れる景色にずっと目をやりながら先輩が言う。

「これからちょっと寄っていきたいところがあるんだけどいい?」

「いいですけど……BURSTですか?」

「ううん。違うところ……」

「わかりました。付き合います」

「ありがとう」


電車は、今朝乗った高校最寄りの駅に止まる。

そこで降りる仕草を先輩がしなかったことで、俺は立ち上がることなくやり過ごす。

そこから二駅行ったところ。

先輩が「降りるわよ」と言ったことでそれに続く。

駅から少し歩くと、そこは、暗がりの中に点々と明かりが灯っているような、居酒屋が並ぶような学生が夜出歩くような場所ではないところに出た。


「……あの、先輩」

「なに?」

「どこまで行くんですか?」

「もう少し、いいからついて来て」

なぜか強い口調の先輩の足取りは、なんというか慣れたものだった。


「到着。ここよ」

振り返り、俺のことを見ることなく自分で指差した看板らしきものを睨みつける。


「ライブハウス――?」

そこからの名前は俺には読めなかった。


「Livehouse tampeto(タンペット)。フランス語で『嵐』って意味よ」

俺に続きの読みを教えながら、先輩はさらにきびしい表情になって地下に続いているであろう階段を降りていく。


すでに時刻は日を跨いでいた。


物怖じし、立ち尽くしてしまってると、僅かに漏れ出た音楽らしきものが聴こえた気がした。


「どうしたの? 早く。行くわよ」

明らかに、先輩の声が普段よりもキツい。

そんな声色に俺は、不安に揺れる心音をごまかすように不意に足を進めてしまっていた。

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