才能の行使。

「息子。環からいえば父親のそうは職人だったの」

移された楓さんの目線の先。

そこは、柾木楽器店だった。


「ギターの、ですか?」

楓さんの視線に追いついて俺は聞く。


「そうよ。こんなことを言うのは親バカだと思われてしまうけれど。創は一流、いいえ、超一流のギタークラフトマン

語尾の発声が少しだけ小さくなる。

「おばあちゃん!!」

環さんの声を聴いた楓さんが、全てを察知して、到底親族に向けるようなものではない表情を作る。

「でもっ!」

楓さんが首を左右に一度ずつゆっくり振る。環さんの勢いを抑制するように。


「今の環と同じ歳にはもうすでに何十本とギターをイチから作っていてね。自分で弾いたり、知り合いに頼まれて作ってあげていたわ。そんな時、噂を聞いたプロのギタリストの人が訪ねてきて、ぜひ一本作ってくれないかって高校生の創に頭を下げたの。一緒に対応してた私も一体なにが起きてるのか分からなくなってしまって。そうしたら急に創が初対面のその人に対して、


『あなたの腕、技術を見せてください。それで僕が納得したら作って差し上げます。』


なんて言って。

もう私はなにがなんだか。その時の創の声があまりにも堂々としていて」


「素敵。とても素敵な方ですね、創さん。」

先輩は、そう楓さんに言い終えると同時に、環さんのことも見た。


「それで? 作ってあげたんですか?」

俺は、急かすように楓さんに聞く。

「いいえ」

「どうしてですか? プロだったんですよね、その人」

「そうね。でも、その人がギターを弾く前に創が断ってしまったから」

「え? どういうことですか?」

「その人が言ったの。分かりました。ならギターをお借りできますか? って。次の瞬間には創が断っていたわ。どうして断ったの? ってその人が帰ってから聞いたら、


なら必ずそこには理由みたいなものがあるんだよ、母さん』


って。

翌月、創が買っていた雑誌にその人が載っていてね。本物だったじゃないって言ったら、

『あははっ! ミスったー!』って大笑いして。我が子ながらとんでもない子に育ってしまったってその時はがっかりしたわ!」

言って、楓さん笑った。


「本気で笑ったんでしょうね、その時の創さん」

「どうしてそう思うの?」

「もう会えないんですよね、創さんとは?」

とくに起伏のない、まっ平らな音で楓さんに聞く。

「……会えないわ、もう」

「なら答えます。創さんの代わりに俺が」


多分俺も同じにする。

大声で笑う。

次いで出る言葉は本性で、本気のリアクションだ。


「自分に関係ないんです。言い方は酷いですが、その人が著名なギタリストだろうと、全然、全く、関係ない。どんなことにおいても『自分』が主体なんです」


「は! さすがテンサイさまの言うことだわ。自分の人生は自分が主人公ってことでしょ、それって」

「すいません。こんな言い方じゃ誤解されてもしょうがないですよね。でも、違ってます。環さん」

俺は変わらずの無表情だ。


「主人公なんてそんな大層じゃないですよ。気分です」

「なにそれ……もっと質悪いじゃない」

「ですね。だから正解も自分の中にしかないです。知り合いに頼まれて作っていたなんてまさにそれで、創さんが作りたかったから作った。それだけだと思います」

横目に楓さんを見る。

「なら環さんはどうしてですか? 今自分がやっていることはどうしてやってるんですか?」

「そんな……哲学みたいなこと聞かれても」

「哲学? 俺そんなこと聞いてないですよ。俺が聞きたいのはひとつしかない本心だけです」

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