その音は、
思っていたとおりの空模様。
見上げたその先にあった灰色のグラデーションに、俺の気持ちは勝手に盛り上がっていく。
「ふふ、いい天気だ」
無意識な俺の笑い声の含んだ言葉、それを環さんが聴いて、今日一番怪訝な、もしかしたら軽蔑までいっているかもしれない顔をした。
「ここ! ここが良いわ! ここにしましょ!」
マイペースに先輩がそういった瞬間、真上の灰色の空が真っ白に一瞬で変わる。
少しして、ゴロピシャーン! と、雷鳴が轟鳴いた。
「きゃっ!」とすぐ横から悲鳴のような声がする。
「べ、別に怖いとかじゃないから! びっくりしただけだし!」
あたふたとしか見えない素振りで、特に気にしていない俺を横目に、環さんは必死に取り繕うとする。
「早く! 降ってきちゃうから。天くん、たまちゃん、準備して!」
先輩の言葉にはいつも、勢いというか、説得力がある。
だからなのか。俺はともかく、今日初めて会った環さんも、そんなことをしている暇などないと、必死に準備に取り掛かった。
「よし、オッケー! いけるよ!」
そのままに勢いづけられた環さんが、アンプに付いている何個かのツマミを回しセッティングし終えるとそう告げ、
「いきます!」
と、俺は呼応した。
勢いもそのままにストラップを肩に掛け、ネックを掴む、その瞬間だった。
左指に明らかな違和感が生まれる。
ザラっというには滑らかで、ヌルっというには乾いた感触。
その1つに5つが足された、太く確かな感覚。
つい俺は自分の左手に目をやる。
微かに震え、けれどそれは緊張や戸惑いではなく、多分自信だ。と思う。
今からやろうとしていること。今から起こること。
ワクワクやドキドキ。
高校生ならではのありがちなそんな気持ち、なんてものじゃない『何か』。
我慢出来なくなった右手が勝手に動く。
東風に煽られたレスポール・ゴールドトップから生まれた音。
それに先輩、環さんはなにも反応しない。
はっきりした感触。
確かに弦を弾いた。
反響しなかったからなのだろうか?
「今の音なにーー?」
その声は母屋の方、目一杯に開けられた窓。
さっき一緒にコーヒーを飲んだ部屋からだった。
「あんな音初めて聴いたけどーー」
楓さんがよく通る声で俺達三人に話しかけてくる。
「あんた、今なにしたの……」
変わらない怪訝な顔のままな環さん。でもそれはさっきとは違う、純粋な怪訝な顔だ。
「しししっ」
狙いすましたとおりだと。ワクワクやドキドキ、その両方を俺に代わって先輩が体現する。
俺だけが聴こえていない。
でも俺の出した音なんだからもう一度弾けばいいだけだ。
俺はすぐさままた弦を鳴らす。
「すごくいい音ねーー!」
楓さんの大声がまた聴こえる。
はっきり、くっきりと。
瞬間的に落ち着いたことで気づけた。
その音を、俺はあたりまえのように昔から聴いていたからなんだと。
常に鳴っていて、だからずっと聴いていたと。
今ここにはそれが無限にある。
反響はしていた。
空気を揺らす音。
『風』として。
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