出来ること。

「こんなにいい色なのに、この子。」


その声につられて俺は反射的に顔を上げてしまう。

そのことに気づきながらも環さんは続ける。


「多分だけど、90年初期のもので50年代後半のリイシューだと思う。値段という価値を言うなら、さっきあなた達が乗ってきた軽トラ、あれと同じくらいね。ほんと、どうしてあんたみたいのがこんなギターを使ってるのか知らないけど、はっきり言って、豚に真珠、猫に小判よ」

そう言い終わったと同時に俺と目を合わせた。

「まあでも。そんなこと言ったところであんたの演奏を聴いてないんだから、今言ったことは全部想像だけどね」

しかし、彼女の目は絶対にそうは言っていない。


「弾け、ってことですか?」

俺の言葉を聴いた環さん、それに先輩とも目が合う。

弾いたことがない。

つい口が衝いて出そうになる。けれど、それに何の意味も無いことが分かって思い留める。

「そういうことなら弾きますよ、俺」初めて。

寝かされているレスポールを手に取る。

「って、アレがない。」

弾く体勢そのままで固まってしまう。

「あー、もう! ちょっと待ってなさい!」

環さんが、ストラップ、それとギターとアンプを繋ぐシールドというものを俺に手渡す。

「アンプはせっかくだからこれにするよ!」

色々と不慣れな俺をよそに、手際よく、慣れた手つきで準備していく。


「それじゃ……いきます」

「ちょっと待って」

今度は先輩が話の腰を折る。

「今度はなに? こいつはもう準備できてるみたいだし、アンプもうちの一番いいやつに繋げたし、他になにやることあるの?」

「しししっ」

いつのもあの笑い声を先輩が出す。

それがどんな意味なのかは俺にしか分からない。


「外にしましょっ!」

先輩が俺の手を引いて店を出ようとする。

「待ってよ鳴、どういうこと?」

突然の先輩の行動についていけず、環さんが俺の顔で確認する。

「天くん! ほら、がせっかくチューニングしてくれたんだから、その子と一緒に!」

店の扉を開けた状態で一度立ち止まり、先輩がグイグイと引いている俺の手にさらに勢いをつける。

「たまちゃんも一緒に!」

「ちょっと待って! まさか、あのアンプでやるつもりなの? それも外でなんて」

「いいから! きっと驚くわ!」

無邪気に言って俺と環さんを連れて外に出ていく。


「このコードリール借りるわねー!」

先輩が店の外にあった電源に、そのコードを差し、カラカラと音をたてながら配線すると、アンプのコンセントをそこに繋ぐ。


「一体なんなの……。頭おかしいんじゃない? あんな小さなアンプで音出したところでどうにもならないってことくらい分かるでしょ、普通」

環さんが不機嫌な声を出す。

「あれじゃダメなんですか?」

「別にダメってことではないけど……ただ、店の中で出すのと違って空間に屋外じゃ音が逃げてく一方でしょ? 要は、ってこと」


反響しない。

俺の頭の中に、この前昼休みに先輩と一緒になって弾いたあの時のことが鮮明に浮かぶ。


「そういうことなら俺は大丈夫です」

「はあ?」

「先輩の言う通り、あのアンプで、ここで弾きます」

俺は、軽トラからまだ代金を払っていないアンプを、同じく代金を払っていない弦の張られたギターに繋がれた借り物のシールドで繋ぐ。


「どういうことよ……」

そう呟く環さんの声を横目に聴きながら。

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