チューニング!

おばあさんに呼ばれて入った本宅の中は、和風そのもの、『日本の家!』という雰囲気だった。


「さっきはお茶だったから、今度はコーヒーでいいかしら?」

「うん、じゃなかった! はい! すいません」

慌てて言い直して急いで答えてしまう。

そんなだからか。ふふ、とまた笑われてしまった。


「実をいうと私、お茶よりもコーヒーのほうが好きなのよねぇ」

「え? そうなんですか?」

「ええ。その感じだと、あなたもコーヒー派?」

「はい」

カチャカチャというおばあさんの出す音が台所から聴こえてくる。その音がなんだか心地よく感じる。


「はい、どうそ」

「ありがとうございます」

一瞬、湯呑みに入ったコーヒーを想像したが、おばあさんが用意してくれたものは、センスの良い、見た目高そうな、ちゃんと受け皿があるコーヒーカップに入った、いい香りのするコーヒーだった。


「さっきあの子が聞いたけれど、あなたのお名前、あめってどんな字を書くの? ごめんね、なんか気になっちゃって」

そう言いながら、砂糖もミルクも入れずにコーヒーを一口ゆっくりと飲んだ。

てんです。天気の天」

「ああ! って、あれってそんな読み方があったのね! 初めて知ったわ」

また、ふふふ、とおばあさんが笑う。

「あの……ええっと」

「あら、ごめんなさいね。まだ私の名前を教えてなかったわね」

そういってすっかりくつろいでいた姿勢を正す。

「改めまして。柾木楓まさきかえでと申します」

「あ、はい。ご丁寧にどうも……」

「ふふっ! やっぱりあなた、天さんは変わってるわね!」


気持ちいい音。

ギターを弾いた時感じたものとは一緒でそうでないような。

でも、同じ感覚が。楓さんの声が、雰囲気が俺をそうさせる。


「あの……俺もひとつ聞いてもいいですか?」

「ええ、もちろんどうぞ」

「環さんが入っていったあの建物に書いてある柾木楽器店というのは?」

その質問を聴いた瞬間、楓さんの顔つきが僅かに引き締まる。


「あの離れは、息子がやっていたギターの工房なの。あ、息子っていうのは環の父親のことね。でも今となってはすっかりあの子の工房になっちゃってるけど」

そう言い終わると同時に、楓さんはさっきまでのやさしい顔つきに戻った。


「……ていうことは、今俺のギターは」

「まちがいなく環がイジってるわね」

そのことを聞いて俺は一気に血の気が引いていく。

ただでさえ、アンプと弦の代金も払っていないのに、そこに修理代までなんて到底俺の財政事情では無理だ。

「困る!」

思考の続きがつい口からこぼれ出す。

俺は飲みかけのコーヒーを置いてその場に勢いよく立ち上がり急いで工房に向かうことにした。


「――ちょっと待った!」

ノックもせず、とにかく修理をやめさせることだけを念頭においた俺の脳がそんな言動をさせる。


「なんですか突然!?」

「そうよ天くん! ノックぐらい……」

「払えませんから! 修理代! ……って」


そこで俺が目にしたものは、金色は更にその輝きを増し、六本すべての弦が張られた俺のギターだった。


「しししっ、一歩遅かったわね」

「ふっふっふ、私のスピードを甘くみないでよ」

シンクロした、それぞれの不敵な笑い声が俺には悪魔の声(実際に聴いたことはないが)にしか聴こえてこなかった……。

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