LPGT!!
「……ただいま」
家に着いたときにはもうすっかり暗くなっていた。
「おお! おかえり! どうだった? 人生初のデートは! それも年上なんて!」
母さんは必要以上のリアクションをする。
「うん、楽しかったよ」
そんな母さんの顔を見ることができず、俺は背を向け靴の紐を解く。
「…………」
「…………」
突然の無言に、俺はそのままの体勢を作り続けるしかない。
「手ぶらか」
「!」
その言葉に背中で大きく反応してしまう。
「はぁ……。手ぇ洗ったら私の寝室まで来い。分かったな!」
どうして? と聞こうと振り返ったときにはトントンという音を立てて離れていく母さんの後ろ姿だけがあった。
言われたとおりに洗面所に行き手を洗う。
いつもの説教の類ならば、その場所はリビングだ。でも、どうしてか今日に限って母さんは寝室に来いと言った。
「あれ? どうして……」
そんな異変のおかげか、俺はあることに気づくことができた。
なんで、アンプなんて。
なんで、弦なんて。
母さんは音楽を聴かない。というか家にはオーディオといった音楽を聞く設備が一切ない。それどころか、テレビの音楽番組すら全く観ない。
それなのに、どうして『アンプ』や『弦』なんてワードが出てきたんだろう?
気づいたら俺は、母さんの寝室のドアの前に立っていた。
もしかしたら、裁判資料かなんかでそういった事件や訴訟を扱ったことがあったかもしれない。そうだ、そうに違いない。
いや、でも待て。
ならどうして、『買ってこい』なんて言ってきた?
「いつまでそこでそうしてるつもりだ?」
そんな考えばかりを巡らせていると、突然部屋の中から母さんに話しかけられた。
「入るよ」
俺は必死に動揺していないような声を作り、返事の代わりにそういってドアノブを回し、ドアを引く。
!。
母さんはベッドの上に足を組んで座り、体全体を俺に向け、
「なにをコソコソ考えてたんだ、まったく。スっと入ってこい! だから今日だってそんな散々な目に遭うんだ。」
と、まるで一部始終を見てきたかのような口調で言ってきた。
「それ」
俺は指差す。
母さんの横に置かれたそれを。
「あーあ、やっぱこうなったかぁ」
母さんは、溜息と一緒に空中にその言葉を放り投げるように言った。
「どうして家にそれがあるの?」
俺が指さしているそれは、今日、ついさっき、何時間か前に、初めて見たばかりの
「やる。っていうか、これは初めからお前のだ」
ポンと軽くそれを叩く。
あそこで見てきたばかりだったからか、母さんの言っていることが分かる。
あの店で、あの男が、店長がその色のケースから出していた。
「俺の、ってどういうこと?」
「はぁー、やっぱり憶えてないか」
母さんがポリポリと頭を掻きながら言う。
「いくつだったかなぁ。天、お前これでよく遊んでただろう」
全く憶えがない。
「違うな。こんな言い方したら怒られちまう」
今度は微笑んで言う。
「いいから、開けてみろ」
グッと強引に。でも、とても大事そうに俺にそのケースを母さんが渡してきた。
ケースはそこら中傷んでいた。
でも、その傷ひとつひとつを俺はどうしてか愛おしく感じる。
「開けていいの?」
「もちろん!!」
目一杯の笑顔。いつもの母さんの顔だ。
パチンパチンとバックルを外していく。
「あれ? これだけ開かない」
「忘れてた! ええっと、ほれ、鍵」
そう言いながら母さんが俺に鍵をフワッと投げる。
安っぽい、ペラペラな平鉄でできた鍵。それには、イニシャルが書かれたキーホルダーが付けられている。
「S・K?」
「いいから、早く開けろ!」
急かすように母さんが言う。
「わかったよ」
唯一開かなかったバックル。よく見るとそこには小さな鍵穴らしきものがあった。
俺はそこに鍵をさし、折れ曲がらないように慎重に回す。
すると、カシャっといかにも頼りない、おそらく解錠された音が聴こえた。
パチンと最後のバックルを外す。
そして、ゆっくり、そおっとケースを開けた。
「しししっ! どうだ、すごい色だろ!」
俺は、母さんがそういったこのギターの名前を知っていた。
「レスポール・ゴールド・トップ」
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