音色

聴こえる。

それに……聴ける!

これがエレキギターの音。

いつまでもずっと永遠に鳴り響くような。


「天くん。昨日みたいにしてみて」

やさしい先輩の声。


一度だけ頷く。


ジジジジジジジジッ! ジンジンジンジ!


俺は、右手、その親指と人指し指の先にすべての神経を集中させる。


ジンジンジジ! ジンジンジジ! ジジッジ、ジジッジ!


永遠に続く音。

そんなものを俺が、俺の指が、好きなところでかき消し、また始められる。

決定権がある。

自由自在だ。

好き勝手に、いとも容易く手に入れることができる。


を!!


ジーンジジジジ! ジーンジジジジ! ジンジンジンジーーーン!


気持っちーーーいっ!

最高だ!

こんなに簡単にあの時感じたアレにイケる!!


「うるさい」

え。

「うるさいだけだ」

は?

「聴くに値しない」

な!?

でしかない」

どうして聴き取れる!?


呟いただけのようなそんな言葉に、さっきまであんなに生き生きと、素早く、音速のように動いていた右手はピタリと

俺は弾くことをやめた。

それは、巨岩をその大きさにまで高密度に圧縮したように重く、ただそこにあるだけの、感触すらも分からないものになってしまったからだ。


「もういい。分かったから今日は帰れ」

早口で放たれた店長の言葉。

「はい」

そっと、できるだけさっきと同じように、元の場所に丁寧に置く。


俺は店長の言葉を素直に受け取っていた。

帰れ。と吐き捨てるように言った前回とは違う、優しい音で発せられていたからだ。


店に続く路地裏を抜け、気づけば俺は一人で、大小、それに、高低様々にグチャグチャになった音の中に身を晒していた。

「騒音……」

なのに、独り言のように呟いた声ははっきりと俺の耳に届いた。






「あれがあいつの、天のか」

「そうよ。どうだったかしら? 天くんのギターは」

緒方がふーっと深く息を吐く。

「あれは異常だ。あんな騒音に出せるか……」

「でしょ! それに」

「ああ、分かってる。今のままでもただでさえアレなのに、を使った日にはどうなるのか……あの騒音が――考えただけで体が震えてくる」

そう言いながら、すでに緒方の体は微かに震えていた。

そんな緒方の状態を確認すると、「しししっ」と鳴は不気味に笑った。


「追いかけなくてもいいのか? それにこれ。あいつ忘れていきやがったから持ってってくれ」

「お代は?」

「そんなことどうでもいい。それよりも、あいつには必要だろ。だから持ってけ」

そう言って、緒方も「くくくっ!」と不気味な笑い声を出した。






「アンプと弦、買ってない」

空を見上げてみる。

ぐるりと、目だけを上下、左右に動かす。

そこには水色でも、曇天の灰色でもない。ただの、普通の空だけしかなかった。


「まあいいか。どうせもとに戻っただけだし。最近おかしくなってただけだ。こんなに疲れてるじゃないか。ほんと俺らしくない。」

すべての語尾が震える。

どうやら俺の独り言はその音が大きかったらしく、街を行き交う人達がチラチラとこっちを見てきた。

「はは、それだけじゃないか……」

かろうじて口元だけは笑えている。

でも、そんなことに気づきたくなかった。

このどうしようもない涙がポロポロと流れ始めている。

「う、うっ、うっ」

だめだ。この口までそうなってしまったらもう俺は。


「―――――!!!!!!」


音にならない鳴き声。

そんな音色が街に響いていた。

まるで俺の今の気分をそのまま現すように……。

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