エレキギター……
そういった途端、男がなにやらゴソゴソし始めた。
「なにしてるんですか?」
俺は声を潜めて先輩に聞く。
「エレキギターだから。その配線してるの」
先輩の答えを聴いたところでさっぱりだった。
俺が昨日まで使っていたのは本体に穴が空いているギター。
今、目の前で男が手にしているのにはそれがない。
側面に線を差し込み、それをなにやら黒い箱につなげている。
「チューニングは出来てる。さ、始めてくれ」
特に起伏のない声で俺に適当に選んだギターを手渡してきた。
それを受け取る。
重い!?
見た目は昨日のやつより薄いのにぜんぜんこっちのほうが断然重量がある。
「せっかくだ、お前らがヤッた状態でやれ」
「いいわ!」
俺はギターと黒い箱につながった線が外れないように、ごと無理やりにドラムコーナーまで引っ張られていく。
「じゃ、いくわよ! 天くん!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は急いで両手を使って構える。
すると目の前に陣取っていた男がなにやら何かを被るような仕草をしている。
「ストラップ! 肩にかけろ!」
「え!? あ、はい!」
どうしていいかもわからず、とりあえず当てずっぽうに肩にかけてみる。
それを見た男が首肯する。
これで合っているんだと確信する。
あれ?
変だ……。
肩に掛かった重さを感じない。
確かに重さはある。なのに、それがギターそのものというより、自分の体重に加重されたような、自分の一部になったような、そんな妙な感じ。
「すいません。もう大丈夫です!」
反射的にその言葉が俺の口から出ていた。
「ん? なんだありゃ!?」
「それじゃ気を取り直して!」
ドン! タタン!!
先輩のドラム音に続く。
続こうとした……。
「え?」
耳に聴こえてきた音。それに俺はたじろぎ、
言うことの聞かなくなった指。
それは次第に手、右腕全体を犯していく。
あの音じゃない。
『大きな音』
それが、自分の出した音を遥かに凌駕し、自分の一部になったような物体の出している音とは到底思えなかった。
ギーン。
そう聴こえた。
それが、俺の出せた唯一の音だった。
「天くん」
先輩はドラムを叩くのをやめて俺の名前を呼んだ。
「やめだ」
どこからもってきたのか。椅子に座っていた男が頭を左右に何度か振り、ゆっくり、むっくりと立ち上がると、俺に向かってきた。
「いつから弾いてる?」
「店長! 天くんは……」
「天地は黙ってろ。おい、俺はお前に聞いてるんだ。答えろ」
大人の真剣な目というものがここまで恐ろしものだったのかと、俺は一歩後退りしてしまう。
「お、一昨日から、です」
それを聴いて、先輩に店長と呼ばれた男は僅かに右の眉だけをピクリと一度だけ上下させた。
「……いいか、お前が今持っているギター。それは『エレキギター』という楽器だ。そいつは、この『アンプ』という機材によって何倍にも音を増幅させる」
店長は、右手の人差し指で俺の持っているギターを指し、左手をポンと黒い箱の上に置いた。
「エレキギター」
「そうだ。今お前が……」
「天っ! お前じゃなくて、風間天!!」
先輩が突然その場に立ち上がり店長に向かって声を上げる。
「……今、天が思っていることを言ってやる。『俺の音じゃない』だろう?」
「……はい。その通りです」
「ド素人が。お前に売ってやるギター、いや、楽器はこの店には唯の一つもない。早くそいつを置いて帰れ」
その音はまっすぐに放たれていて、今日ここに来てはじめて俺に向かって言っているんだと感じることができた。
「すいませんでした」
俺はその言葉に従って、自分の一部となっていたものを引き剥がすしかなかった。
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