嵐の前の静けさ?

「どう? おいしい?」

「うん、うまい」

「でしょ~。父さんもこのカレーで落としたんだから」

「へえ」


やっぱり。

そういったあと、母さんは何もなかったかのように、

「もうちょっと待ってな」

と、すぐに続けて言って、何もなかったかのようにキッチンに戻っていった。


「部活、入るの?」

カレーを食べることをやめずに母さんが言う。

「多分……」

同じようにする。それが正解な気がして。

「なによそれは」

「え?」

「入るかどうか聞いてるんだからはっきりしなさい!」

「……」

少しだけ母さんの声がいつもと違うように聴こえる。

「どっちなの?」

「入る」

それだけしか言えない。

でも、それで十分な気がした。

「分かったわ。でもやるからには全力よ! 全身全霊、甘えはゆるさんからな!」

「うん……分かったよ」

「ほんとうに?」

ゆっくりとした口調で母さんが言う。

「分かった、全力でやるよ」

「よし!」

母さんはいつの間にかカレーを食べ終えていた。

そして、自分の耳たぶをゆっくりとやさしく人差し指だけで掻いていた。

「相変わらず食うの早いね」

なんて言っていいか分からなくてただそういう。

「うるさい!」

ししし、といつものように笑いながら母さんは先っちょにカレーが付いたままのスプーンを俺に向けた。


「でも天がに入るなんてねぇ」

「軽音楽部? 違うよ」

「え? だってギターやるんでしょ?」

「うん。でも軽音楽部じゃない」

「なら、なに部?」

「ドラムとピアノ部……って言ってた」

「ぶっ!!」

母さんはコップに残っていた水を一気に全部飲もうとしてそれを全部吐き出した。


「きったねぇなあ」

「ゴホッ! ゴホッ! な、なんつった? なに部だって?」

「だから、ドラムと……あ、違った。俺が入って『ドラムとピアノとギター部』になるのか」

「かはっ! や、やめてくれ! 死ぬ、笑い死ぬっ」

吐き出した大量の水に構うことなく腹を抱えながら大声で笑っている。

抱腹絶倒だ。


「ひひひっ、くくっ、はあはあはあ……じゃなに? 部員は天の他に二人ってこと?」

「いや、部員は俺と二年の先輩、あと顧問の男の先生だけ」

「ぷっ! それって、部活として成立してんのっ!?」

「んなこと俺が知るかっ!」

あまりにバカにした笑い方をし続ける母さんに段々腹が立ってきた。


「なら、その男の先生がドラムで、女の先輩がピアノ?」

「違うよ。先生がピアノ、先輩がドラム」

「へぇ、女の子なのに珍しいわね」


ん?

あれ?

俺、女の先輩だって言ったっけ?


「かわいい?」

「は?」

「先輩。年上の!」

うってかわってさっきの馬鹿笑いとは明らかに違う笑みを母さんが浮かべている。

「なんで女だって分かったんだよ!」

「しししっ、母さんを甘くみるなよ!」

イタズラに笑うその顔がまた、あの笑顔とダブる。


「んでー? どうなのよー? あんたのお眼鏡に叶ったのかしらぁ?」

ヌメーっとした言い方で責め立ててくる。


「いいかげんにしろよな!」

俺は究極に居心地の悪くなったリビングから逃げるようにしてその場を離れる。

「おい! 天っ!」

叱る声を母さんが出す。


「ごちそうさまでしたっ!」

「おそまつさまでしたっ!」

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