一緒!!

「ギター! 君、ギター弾けるの?」

「おお、ならちょうどよかった」

「え」

一瞬二人が何を言っているのか分からなかった。


「ちょっと待ってて!」

初速からトップスピードで走り出し、水色のリボンを大きく揺らしながら扉を抜け、俺達三人が同時に見たものを手に取ると、それを大事に抱えながら俺のすぐ近くまできてやっとその速度を落とした。


「はいっ! 早速弾いてみてよ!」

全力疾走していたように見えていたのに、彼女は全く息を切らさず、ほとんど無理矢理に俺にそれを渡そうとする。


どうしようもなくなって受け取る。


そこで俺は気づく。

あれだけ喋っていた彼女が口を真一文字に結び、真剣に俺を見ていることに。

威圧的だった細めた目を大きく見開いている大男に。


「いや、弾けませんよ。俺」

正直に、当たり前に、だたそう言った。

だってそうだろう。

勝手に二人で話が進んで、あろうことか、こんな目を俺に向けてくるなんて。

不届き千万、迷惑千万、甚だしい。


「え? 弾けるよ、君」

俺の答えに大男のほうはすぐにその目をやめた。

が、問題の張本人はまったく、少しも、微塵も、その目をやめていなかった。


「はあ!? だから弾けませんって! それに俺、入部希望者でもないです!」

怖い。

そこに怒りが混ざる。

妙にちゃんとした佇まいときれいな顔が総じて俺をそうさせていた。


「天地、本人がこう言ってるんだ。無理強いは……」

大男が彼女にそう言う。


「弾ける!!」

突然彼女が大声を張り上げる。


「天地……」

「弾けるのっ! 先生は黙ってて! いいから弾いて、早く!!」

俺の両手を握ってきた彼女の両手は今、強く、けれど空に握られ、僅かに震えている。


『だから』

そんなのいいわけだ。きっかけですらない。

俺がそうしたいからそうしただけ。

気分、だ。


俺は持ったこともないその楽器をうろ覚えな記憶を頼りに、見様見真似で構える。


「とりあえず弾きます。でもがっかりしないでくださいよ」

右手の親指以外でギターを押さえ、左手で弦の張られた、おそらく音階を決めるためのところを軽く握る。


どう持つか確認するため俯いていた目線をちらっとだけ彼女にバレないように向ける。

さっきと変わらない口元が見える。

もう少しだけ。目線を上げる。

真剣な目はすこしだけ濡れているようにみえた。


焦りながらも俺は、もったいぶったように少しだけ間をあける。


ポーン。


部屋に俺の出した音が当たり前に響き、次第にしていく。

これでいいんだろうかと心配で、彼女を見ながら俺は弦を親指ではじいた。

そんな不安をよそに、はどんどん大きくなる。


多分窓が開いていたからだ。


だって、こんな小さくて、自信も、顕示もない音でこんなことになるはずがないんだから。


でも。

気持ちいい。


弾ける人からすれば俺のはなんにもできていないただの音だ。

でも、それがたまらなく気持ちいい。


大きな空気の塊が俺の背中を吹き抜けていく。

部屋中のカーテンが大きく舞い、彼女の髪を大きく揺らす。

水色のリボンがほどけ、ひらひらと落ちていく。

俺はそれをどうしてか必死に追った。


だから、俺の出した音を聴いた彼女がどんな顔をしたのかを見逃してしまった。


「やっぱり」

「え?」

落ちたリボンを拾うために屈んだまま俺は、顔だけをその声に向ける。


「やっぱり一緒だった!」


一緒。


この言葉が不自由な日々を消してくれる。

俺はそう実感した。

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