第4話 破ってはいけない

 シャワーを浴びて寝る前にスマフォを触った。トークアプリから通知が来ている。タップして中身を見ると先輩からのメッセージだった。


『病院に行けとか無神経なこと言ってごめんね。きみが社会人一年目だってことを忘れてたよ。全員なるわけじゃないし、なったとしても普通はゴールデンウィークとかになるらしいから気付かなかった』


 先輩は謝るようなことをしたとは思えないし、全然無神経ではないと思った。彼女が言いたいことがわからない。おれは先輩にお礼を言ったうえで、いまいちピンと来てないことをそのまま打ち明けた。

 夜も遅いし返信が来るのは明日かなと思ったが、数分後にまたアプリから通知が来る。


『詳しいことはわたしの口からは言いづらいから、自分の置かれた状況を単語で入れて検索してみて』


 おれは先輩にお礼のメッセージを送り、言われた通りに検索してみた。

 すると生え変わりについての記事が出て来た。どうやらおれだけではないようだ。

 けれども今までそんなこと聞いたことなかった。記事にもなるようなことをなぜおれは知らなかったのか。しかもどうやら先輩も知っているようだったし……でも、言いづらいって?

 そこまで考えて、顔が熱くなる。


 そうか。この両手足の生え変わりは、自慰行為の位置付けなのだ。


 男はみんなしたことがあるのに、自分が自慰行為に至るまでは知らなかった。純粋無垢なままになぜだか自分の陰茎が気になり出して、触らないと気が済まなくなってとにかく思うままに擦っていたら突然気持ち良さが爆発して、射精してしまった。まさか陰茎の先っぽから白いぬるぬるが噴出するなどとは想像すらしていなかったから、布団にぶちまけてしまった。それがなぜかいけないことだと本能的に察知して、慌ててティッシュで拭きまくって隠蔽した。大人になった今なら下ネタとして友人に話すことはできても公の場では言えないし、自慰行為を覚えたてのころなどは恥ずかしくて言えるわけがなかった。なぜかそれが恥ずかしいことと認識していた。誰に教えられたわけでもないのに。

 朝起きたときに感じた『随分昔にあったように思えた』と言うのは小学生のころの話だったのだ。遡及そきゅう困難だったのは、射精と手足を結び付けるのが難しかったからだろう。

 だが、一度思い至ってしまえば自分の思考と行動に納得がいく。手足が生え変わると言うとんでもない状況が起きているにもかかわらず、仕事を優先した。どこかで「こんなことで休めない」という気持ちがあったのだ。体はこうなることを知っていた。だから困惑しつつもどこか冷静だったし、体調不良だとは思わなかった。


 全員がそうなるわけではないと言う先輩の言葉通り、両手足生え変わりについての記事はそれほど多くはなかった。しかしそこで気になったのは、古い両手足は今後どうしていくべきかと言うことだ。おれは検索を続けた。


 結果。どうやら放っておくと脱体だったい一日目に、夜な夜な海を目指すらしい。近くに海がない場合は川を目指して行くのだそうだ。これらはなにも水場を求めての行動ではない。どうやら本体と距離を取りたいらしいのだ。切り離された古い手足は本体から離れるほどに骨や筋肉が脆くなり粉々になっていく。完全消失するためには100km以上離れ、かつ数日間以上近付かないようにしなくてはならない。そのために、川や海の流れで距離を取るのが良い。それを脱体だったい後の両手足は知っているのだそうだ。

 しかし稀に離れないパターンもあるようで、こうなってしまったらどうしたら良いかと言う明確な答えはどこにもなかった。


 おれはとりあえず窓と玄関を開けて寝ることにした。不用心だが、もしもこいつらが出て行くときに窓ガラスをぶち破ってはいけないと思ったのだ。

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