第27話 市街戦


    1


 ヤマト州カワブクロ区の駅前。クサナギが落下した地点の側。それはぬるりとそこに現れた。前触れなく当然であるように。


 全身金属で出来た人型。人間のサイズだが人ではない。特徴的な雄牛のような角。それが夕日を反射して輝く。


 その存在は数秒立っていた。爽やかな夕暮れの風を受けて。しかし、突如地を蹴り動き出し、近くに居た人間を拳打する。


 すると直後に殴られた相手は飛んでいって壁に打ち付けられた。デパートの硬くそして厚い壁。只人の絶命は免れない。


 本日二度目の事件。警察は即座にこの脅威に対応した。近くに居た者が警棒を持ち、この人型に向けて殴りかかる。警察は治安を維持するプロだ。魔法の心得もある。格闘も。だがこの人型には通じない。相手は犯罪者ではないからだ。


 警察官は頭部を掴まれて、そのまま地面に叩きつけられた。

 その様子を──クサナギは眺める。遠く離れたデパートの上から。


「なーんか凄い事になってんな?」


 まだ相当な距離が有るとはいえ、これは偶然とは言えないだろう。

 人型とクサナギは殺し合う──そう言う運命にあると思えた。


 だが気に食わないのもまた事実だ。戦う意味がこの世界には無い。

 そこで、試しにクサナギは聞いた。隣に立っていたアオイに向けて。


「俺がアレを殺す理由はあるか?」

「知らない。私は貴方じゃないから」


 すると予想外の答が返る。

 しかしクサナギの好みでもあった。


「だが……ぶっ殺しても問題ない?」

「そうね。自由にして良いと思う」


 クサナギがアオイの顔を眺める。明らかに不機嫌な表情だ。

 アオイも本心ではないのだろう。何故だか、それが少し楽しかった。


「じゃ、好きにするか。疲れてんだが」


 最後の破壊神を倒した後、クサナギは一秒も寝ていない。普通は疲労困憊の境地だ。だが何故か気力が漲っている。


 クサナギは屋上から飛び降りた。飛び降りて人型の顔を蹴った。

 凄まじい威力の跳び蹴りである。人型は建物へと突き刺さる。


 その様子を優雅に眺めつつ、クサナギはバク宙し着地した。


    2


 チビの洞穴。そこに設置された転送装置がにわかに輝く。

 現れたのはティアラ。ディーシーの、ドラゴンズケイブの代表代理。


「ティアラ・ダイアモンド帰還しました。グラドルグ様……起きていますか?」


 その彼女はチビの前まで歩き、涼やかな風体でそう聞いた。

 そこでチビは目蓋を開け答える。彼女の存在に気づいていたと。


「聞こえている。ティアラ。それでどうだ? 連邦の者達の対応は?」

「報告いたします、グラドルグ様」


 そこから暫く報告が続く。連邦議会で話した内容。

 チビはドラゴンズケイブの代表。その報告を聞く必要が有る。


「相変わらず呑気な。彼等には、事の重大さがわかっていない」


 しかしその全てを聞き終えた後、チビは鼻から息を吹き出した。これは巨大な竜の溜息だ。チビは議会に呆れかえっていた。


「事は間もなくポイント・グラウから、この星の全土に広がるだろう」

「私達巫女が占ったとおり」

「そうだ。最早猶予は全く無い」


 時に進んだ科学技術よりも太古の技能が勝ることがある。

 このドラゴンズケイブはその技能、星を護ることに特化してきた。


「クサナギ様ならば対抗できる。そう言えば、その彼は今どちらに?」

「ヤマト州だ。奴は目にするだろう。新たな脅威である制圧者を」


 運命の歯車は回っている。常に。止めることなど出来はしない。


「彼は制圧者に勝てるでしょうか?」

「勝つ。クサナギはそういう男だ」


 チビはティアラに聞かれ断言した。クサナギという男を知るが故。

 五千年前も勝利し続けた、その勇姿がチビに焼き付いていた。


    3


 謎の人型に跳び蹴りをかまし、クサナギは地面へと着地した。

 周りでは人が逃げ惑っている。しかしそれを気にしてはいられない。


「さーて。金属マンはどうなった?」


 クサナギは建物に歩み寄った。人型が蹴られて突っ込んだビル。そのために穿たれた丸い穴に。

 金属マンは壁の向こう側だ。クサナギからその姿は見えない。しかし無事なはずだ。金属マン──仮名のそれはまだ健在である。


 クサナギは蹴ったときの感触でそれを知っていたし、現れた。


「ぬお!?」


 金属マンは足を前に銃弾の如くに飛翔してきた。

 ドリルキック──とでも言うべきか? クサナギは右腕でそれを止めた。


 正確には前腕の外側で、回るつま先を防ぎ止めている。


「てい!」


 そこでクサナギは振り払う。右腕に大きく力を込めて。

 金属マンは弾き飛ばされて、空中を舞いそして着地する。


 だがクサナギが見て驚いたのはその身体能力ではなかった。


「ふーむ。俺の血も赤かったのか」


 クサナギの右腕が怪我していた。微かにだ。直ぐ怪我は塞がった。

 しかし確かに血は流れ出ていた。クサナギがはじめて見る現象だ。


 キックの威力は確かに高いが破壊神の拳の比ではない。つまりエネルギーの問題でなく、別の何か秘密があるのだろう。


「ま、良いか。どうせぶっ殺すんだ。言葉も通じなさそうな奴だし……」


 だがクサナギは動じていなかった。むしろ歓喜している面が有った。

 クサナギは勝利するのも好きだが、戦う事も好きであったらしい。もしまだ近くに人がいたのならクサナギの方に慄いただろう。


 クサナギはエネルギーを高めつつ金属マンに向け歩いて行った。

 そして三歩歩いたタイミングで──互いに大地を蹴り突撃する。


 クサナギは右拳のストレート。金属マンは逆に左拳。

 だがクサナギの方が速かった。拳が金属の顔にめり込む。


 そして再び金属マンが飛ぶ。だが、クサナギはその軌跡を追った。


「逃がすかよ! こいつは傷の礼だ!」


 飛ぶ金属マンより速く動き、そして頭に向け拳を落とす。金属マンの頭が地面へと衝突し、そして潰されるように。


 金属マンの頭は一撃目、ストレートで既にひび割れていた。それを地面に拳で打ち付けた。いや、地面で拳に打ち付けた。


 何者も屠るクサナギの拳。地面で挟み込めば逃げ場は無い。力は余すこと無く伝わって、金属マンの頭部は砕け散る。


「ふしゅー……」


 クサナギは息を吐いて、拳をその場所から持ち上げた。


 金属マンは頭部を失って、首から青い粒子を吹いている。

 そして間も無く全身がひび割れ、粒子となって虚空に掻き消えた。


 だが戦いの跡は残っている。クサナギの右腕を伝う血が。

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