第26話 未来の世界


    1


 水晶の照らし出す大洞穴。その中でクサナギは再会した。かつてチビと呼んでいたドラゴンと。五千年という長い時を経て成長しそして老いた竜の王。


 彼が本当にチビだというなら時が経った証拠と言えるだろう。


「なるほど。お前がチビだったとして、なんでそんなにデカくなったんだ?」


 そこでクサナギは頭を掻いて、その後でチビへと質問をした。

 するとチビは喉を一つならして、クサナギの質問に返答する。


「ただ五千年経った。それだけだ」

「いやだからなんで五千年?」

「それは我の方が知りたいところ。最後の戦いで……何があった?」


 チビはそこまで言うと目を細めた。


「破壊神アデルダヴィスとお前は突如としてその存在を消した。我らはお前を探し続けたが、その痕跡すら見つからなかった」


 彼にとっては五千年も前の思い出に近い話なのだろう。だが、クサナギにとってはまだたった一日すらも経過していない。

 その理由をクサナギは知っていた。破壊神から聞いた話だが。


「あーそれは破壊神によるとだな、俺は空間を破壊したらしい。で、俺達は異空間だとかに二人仲良く閉じ込められたんだ」

「破壊神は?」

「バラバラになってたな。俺は無事だがそこに浮かんでた」


 ここまではクサナギが聞いた事だ。

 そして問題はこの先にあった。


「と、思ったらなんか空にいて……街の中心に落下したわけだ」


 これはクサナギにも全くの謎。チビに最も聞きたいことである。

 しかしチビはしかめっ面であった。そう見えただけかもしれないのだが。


「クサナギよ。お前はこの時代に呼ばれたのだと、我はそう思う。しかしまずは慣れよ。この世界に。五千年と言う時間の流れに」


 チビは鼻から息を吹き出した。

 それは生暖かい感じがした。


    2


 会議のために誂えられたとはとても思えぬ広い会議室。白く美しい壁に囲まれて出席者達は着席していた。十数人がドーナツ状をした机に均一に腰掛けている。


 星州連邦。現在この星ジェードに国家など存在しない。国家は州となり姿を変えた。そしてその集まりが連邦だ。エンブレムは惑星を模した物。この会議室にも飾られている。


 その現指導者とも言える者、連邦議長は老婆であった。もっとも、老婆と言うにはあまりに険しい表情を作っていたが。


「では、はじめましょう。もう三日目よ。形式や挨拶は要りません」


 その議長スメイルは言い放った。

 彼女も議長にまでなった人だ。本来形式を無視などしない。整然と着こなしたスーツからもその姿勢は露骨に見て取れる。


 しかし彼女は形式を無視した。つまりそれほどの事態だとわかる。


「先ず報告を。アベルナンド首相」

「は。ではまずこれまでの状況を……」


 彼女が言うと、斜め前に座る老人が即座に返答をした。

 白髪の男性。彼はワーランド州の首相アベルナンド・バザルだ。痩せていて背が高くオールバック。濃紺色のスーツを身に纏う。


「三日前。協定世界時間で十八時。ワーランドでは朝四時。ポイント・グラウにて最大規模の魔法災害が発生しました。半径数十キロメートルにも及ぶ正体不明の障壁が、現在この瞬間に至るまでポイントの周囲を覆っています」

「そして広がっている?」

「ええ、そうです。ただし広がる速度は緩慢だ。一日に一メートル。州兵の観測がなければ気付かなかった」


 そんな彼がスメイルへと答えた。

 だが報告はまだ終わっていない。


「そこで我々は攻撃を加え障壁の破壊を試みました。結論から言えばそれは失敗。障壁は傷一つ着かなかった。その上、攻撃をした地点から出現した人型のアンノウン。それが州兵に対して反撃。州兵達を殺戮したのです」


 アベルナンドは目の間をつまみ、強く押した後向き直り言った。


「わかっているだけで死者二百名。アンノウンはたった一体でした。報告によればたった数分で殺戮を成し、そして消失した」


 これがポイント・グラウで起きたこと、彼に言える前提の情報だ。

 問題はこれにどう対処するか? そのために彼等は集まっている。


「ありがとうございます。アベルナンド。その後状況にめぼしい変化は?」

「いえ議長。変化はありません。変化をする兆しも全く無い」


 状況は悪い。なにもしなければ障壁が消えることはないだろう。中の状況も全くの謎だ。人も動物も、自然ですらも。

 かといって攻撃を加えれば、アンノウンによる反撃を受ける。


 対処する方法もわからない。よって三日目を迎えているのだ。


「では……ここで新たな情報を。ディーシーから話があるそうです」


 と、ここで少し話題が変わった。議長が別の人物へと告げた。

 その人物は場違いなローブを身に纏う十代に見える少女。セシリアに似た緑の髪の色。だがセシリアではない。別人だ。


「はい議長。一刻ほど前の事、ヤマト州に人が現れました。五千年前に生まれた人物。ジャベリン・クサナギを名乗る者です」


 彼女は議長へと報告をした。

 ドラゴンズケイブ州──通称、ディーシーと呼ばれる組織の者である。代表代理ティアラ・ダイヤモンド。彼女もまた議会の一員だ。


「現在はドラゴンズケイブにて、この人物を聴取しています」

「ポイント・グラウとの関係性は?」

「不明です。物理的には、ですが」

「竜の巫女としては?」

「導かれた。私達はそう考えています」


 ティアラは自嘲気味に微笑んだ。

 知っているからだ。現代に於いて巫女など過去の遺物に過ぎないと。

 だがそれ故に打って付けと言えた。クサナギという過去の人間には。


    3


 人は意外と気が付かないものだ。少し身なりを整えてしまえば。

 クサナギはチビがくれた服を着て先ほどの街を見て回っていた。ジーンズとパーカーとサングラス。それに翻訳用の小型機器。私服に着替えたアオイも居るので万が一の時の心配もない。


 チビはこの世界に慣れろと言った。慣れるなら触れ合うのが一番だ。回転寿司で寿司をドカ食いし、家電量販店でショッピング。大型のデパートも見て回った。そして現在は──その屋上だ。


 クサナギは夕陽に照らされながら変わりきった世界を眺めていた。デパートの上に有る遊び場から、金属製の柵に寄りかかって。


「意外と変わらねーな。この世界も」


 そして言った。或いは呟いた。

 隣に居たアオイは少しだけ……不可解だという表情をしたが。


「五千年たったのに変わらないの?」

「ああ。人間は大して変わらねー」


 クサナギの目にはそう映っていた。

 確かに変わった面もある。魔族と人間は融和していた。街には魔族も普通に歩いて、普通に生活を営んでいる。


 しかしそれはそれとして変わらない。人間が生きると言う目的は。

 文明がどれほど発達しても。ネットワークが世界を繋いでも。結局人は生きるために食べ、遊び、必要ならば殺し合う。


 クサナギが眺める先で砕けた地面が修復されはじめていた。クサナギが先ほど砕いた地面。その跡を作業員が埋めている。


 クサナギにとって違うのは──たった一つ大切な事だけだ。


「ま、セシリアちゃんだけはいねーけど」

「とても、有名なお伽噺ね」


 そんなクサナギにアオイが言った。


「勇者クサナギは魔王を倒し、破壊神退治の旅に出かけた。その最後の戦いでクサナギは破壊神と共に姿を消した」


 きっとアオイは知っているのだろう。

 クサナギは聞かずには居られない。


「セシリアちゃんはその後どうなった?」

「その後の事は描かれてないわ。幾つもの解釈があるけれど、その真相は誰にも分からない」


 だがアオイはクサナギへと返した。少しだけ、申し訳なさそうに。

 結局、クサナギにわかった事は彼女がいないという事実だけだ。


「嫌な世の中だ」


 夕日を見上げ、クサナギは呟くほかになかった。

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