第25話
1
警察。そう呼ばれる者達は──衝撃から立ち直れずにいた。
犯罪を犯した者が出たとき、その対処を担当する組織。窃盗のような軽犯罪から殺人のような重犯罪まで。いかなる者が相手であろうとも決して敗北など許されない。
だがクサナギ一人に敗北した。武器も備えも全く無い者に。
ひっくり返ってひしゃげた車が、重傷を負い担架に乗る者が、街に広がる惨状の全てがその敗北を如実に物語る。
「事件の後、直ぐで悪いのですが……」
「いえ。これも私の仕事です」
眼鏡をかけたスーツの男性に話をする一人の警察官。
聴取と呼ばれる物だ。公僕は真実を伝える責任がある。
「あの男は三人殴り飛ばし、その後この場所から消えました」
「発砲した。と、聞いています」
「確かに。そして命中しました。しかし彼は意にも介さなかった。気が付くと彼は接近していて、車を宙に殴り飛ばしました」
警察官の男は恐怖から体を小刻みに震わせていた。上下の歯が幾度もぶつかり合い、楽器のように音を奏でている。
だがマシだ。これでもマシなのだ。クサナギと対峙した者の中で。
「彼は警察を狙ったのですか? 標的とするために誘き出した?」
「それはない。もし彼がその気なら、我々は今頃殺されていた。やろうと思えばその能力も、その機会も彼にはあったのです」
故にスーツと彼にはズレがある。認識に大きすぎるズレがある。
「最後に大切な事を聞きます。彼がどこに行ったかわかりますか?」
「わかりません。仮にわかったとして、我々に止めることは出来ません」
彼の意識にはすり込まれていた。無意識のその底部に至るまで。クサナギの強さが、恐ろしさが。それは最早逃げがたい物だった。
2
その頃、探されているクサナギは魔法陣の上に佇んでいた。
転送装置。アオイに連れられてやって来た地下にあるヒミツ施設。半球状でそれなりには広い。小さな家なら入りそうである。
その中心には台座と水晶。台座と言っても中々に細い。一見ボタンのようにも見える。そこで、クサナギは試しに言った。
「こいつをぶっ叩けば跳べるのか?」
「叩かないで。壊れるだけだから」
すると当然アオイが否定した。
呆れるほど呆れた眼差しで
「貴方が水晶に魔力を注ぐ。すると魔法陣が向こうに飛ばす」
「俺じゃなきゃダメなのか?」
「ええダメね。貴方に他人の魔法は効かない」
そして彼女はクサナギへと言った。
正論だ。正しい認識だ。つまりクサナギのことを知っている。
竜の巫女なのだから当然だ。本当に竜の巫女か不明だが。
「既に転送先は入力済み。後は貴方が魔力を注ぐだけ」
「転送先は?」
「我々の本拠地、ドラゴンズケイブのヒミツの本部」
「ヒミツって言葉はゾクゾクするな。そう言うのは正直大好きだ」
クサナギは聞いて口角を上げた。
上げて同時に魔力を注ぎ込む。
「ではいざ行かん怪しげな本部へ」
「貴方より真っ当よ。たぶんだけど」
二人は白い光りに包まれて──アオイの文句と共に転移した。
3
ドラゴンズケイブの、その名の通り竜が眠る広大なる洞穴。確かに洞穴の内部ではある。太陽光が射し込むことはない。しかし、壁や天井を突き破り生える水晶が照明代わりだ。
蛍光灯のような白い光。ここはそれに照らされ続けている。驚くほど広大な広大な、広大なる洞窟。竜の巣穴。それに見合う黒い鱗の竜がその底に一匹横たえている。
そしてその一角に魔法陣が、転送施設が設置されていた。
「うーむ。インパクトに欠けてるな。ただピカッて光っただけじゃねーか。光のトンネルとか穴だとか、そんな感じのを期待してたのに」
その魔法陣の上に現れた、クサナギは開口一番言った。
クサナギの言うとおり光っただけ。瞬きの間の白い閃光だ。
だがクサナギとアオイは転移した。それは景色で直ぐに理解する。
「て、うお!? またデカいドラゴンだな? ステーキ何千人前だこいつ?」
クサナギの前にはドラゴンが居た。それも非常に巨大なドラゴンが。
破壊神を除くならクサナギが見たことのある最大の生物。牙一本がクサナギの身長、その長さを上回るほどである。
「変わらぬな。勇者クサナギよ。五千年の時を経たと言うのに」
そのドラゴンがゆっくり目を開き、魔法の言葉で話しかけてきた。
クサナギはそれを聞いて驚いた。聞き覚えの有る声だったからだ。
「あー、もしかして……お前チビか?」
「そう呼ばれるのを待ち望んでいた。我は竜族の王、グラドルグ。古竜と呼ばれし長命なる者」
クサナギも流石に大口を開け、変顔で驚く他になかった。
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