第24話 落下


    1


 青すぎるほどに青い空。驚くほど五月蠅い風の音。状況から考えてクサナギは上空から地面へと落ちていた。


 何故、落ちているのかはわからない。先ほどまで謎の空間に居た。クサナギが拳で崩壊させた、捻れ曲がった異空間の中に。


 だが現在クサナギは落ちている。全裸で。いつか見たようなお空を。

 下方向には知らない街並み。しかし心配する必要は無い。心配しようが心配しまいが、クサナギは大地にぶつかるからだ。


「げふあ!?」


 いやもう既にぶつかった。

 地面はタイルで舗装されており、クサナギはそのタイルを破壊した。壊したかったわけではないのだが、上空から落ちたので仕方ない。


 衝突時に爆発音がしたし、破片や砂埃が舞い上がった。人々は人が落ちたと言うより何か攻撃だと思っただろう。

 事実、クサナギがゆっくり起きると、周囲では人が逃げ惑っていた。


「んー? なんか、大都市なかんじ?」


 クサナギはその様子を見て言った。

 逃げ惑う人間の数が多い。王国でも中々見ない規模だ。それに建造物も特殊である。建築様式が──違いすぎる。


 四角柱でのっぽの建造物。規則的に整然と並ぶ窓。地面は余すこと無く舗装され、その大部分が黒くて平らだ。


「まあこう言う物語は知ってる。異世界に飛ばされちゃった、的な?」


 だがクサナギはあくまでクサナギだ。まるで慌てたりはしていなかった。

 むしろ少しだけワクワクしている。折角なら楽しむべきであろう。


「とりあえず、まずは服を貰うかな。全裸ってのはイメージが悪いし」


 しかしここの服は肌に合うかな──クサナギはとことん呑気であった。


    2


 クサナギはとことん呑気であった。よって不味い事態に陥った。

 現在クサナギが立っているのは驚く程道幅の広い道。その中心部分にクサナギは、頂いた服を着て立っていた。


 服は透明なガラスの向こうで人形が着ていたシャツとジーンズ。当然金は無いので強奪だ。全裸で歩き回るよりは良い。それにクサナギも気に入ってはいる。新品なのでゴワゴワしているが。


 しかしその結果──と言うべきか。それとも全裸がいけなかったのか? クサナギをまるで取り囲むように、金属の箱が並べられていた。

 箱は車輪が四つ着いた物で、どうやら移動のためのものらしい。その上には赤く光るライトが輝きつつクルクル回っている。


 そしてその車に乗っていた者。青い同じ服を纏う“人間“。彼等は箱の扉に身を隠し、クサナギへとギャーギャー叫んでいた。


「んー。何言ってるかわからんな。けど、単語は聞き取れるような気も……」


 クサナギが聞いたことの無い言語。しかし単語は一部理解出来た。

 恐らくは“止まる”とか“寝る”だとか。無論、気のせいかもしれないのだが。


「ま、考えても仕方ねえ。取り合えず近づいて聞いてみるか」


 意味のわからないことがある場合、クサナギは考えない主義である。

 そこでクサナギは歩き出す。正面に止まる金属の箱へ。


 すると弾けるような音がして、何かがクサナギに向け飛んできた。

 数発。クサナギが一つ掴むと、それはどんぐりサイズの硬い物。


「小さな金属? 実物か? 魔法でこっちに飛ばしたんだよな?」


 クサナギはそれをじーっと見つめた。木の実のような小さな金属を。

 間違い無く初めて見る物だ。さすがは異世界と言った所か。ただし、その目的は理解出来る。クサナギを殺そうと言うのだろう。


 実際、服に穴が開いていた。クサナギが現在着ている服に。クサナギには全くの無意味だが、確実に敵意を向けられている。


「とーはーいーえー喧嘩を売ったな? 俺は売られた喧嘩は買う主義だ」


 理解した瞬間にクサナギは、一歩で金属の箱に迫った。

 手の届く距離へと。手で触れる。触れるならクサナギはパンチする。


「えーい」


 クサナギは右の拳で金属製の箱を拳打した。竜や家を殴るような気持ちで。巨大な存在を殴るつもりで。

 すると予想以上に軽かったか吹っ飛んで行き、そして落下する。


 箱は歪んだ。箱は飛び散った。だがクサナギのこれは警告だ。

 まだ青制服は殴っていない。一人一緒に飛んだ気もするが。


 言葉が通じぬ以上仕方ない。相手が反撃してくることもだ。


「お? まだやる気だな? そんじゃあまあ……」


 金属の実がクサナギへと飛んだ。黒い小さな謎の道具から。

 ならばクサナギも応戦するまで。青制服はクサナギの──敵だ。


「ワン! トゥー! スリー!」


 クサナギは青制服を殴った。

 一人目、舗装された地に激突。

 二人目、上に吹き飛んで落下。

 三人目、回転しながら飛んで建造物の壁を突き破った。


 そこで、遠方からクサナギに向け新たなる金属が飛んでくる。


「お? 先に魔石が着いてんな?」


 一回り大きい金属の実だ。尖端は鋭く真っ赤な魔石。

 クサナギはキャッチしたそれを見て、飛ばした相手の座標を探った。


「なるほど。建物の上からか。遠距離攻撃とはちょこざいな」


 その位置を確認したクサナギは、地を蹴り砕きそこに跳躍する。

 相当に、遥かに離れた場所だ。だがクサナギならば一歩で跳べる。


 地面と水平な建物の上。そこに着地し攻撃者を掴む。


「魔族っぽい奴だな? ま、良いか」


 攻撃者は人間型だった。人間型だったが顔は猫だ。

 武器は黒い金属製の棒。ここから魔石を飛ばしたのだろう。


 何にしてもこの者は敵である。クサナギは敵に情けはかけない。


「首をポキッとやりゃたぶん死ぬだろ」


 クサナギは左手で猫魔族の首をガッシリ掴み上げていた。

 そこから右手を頭の上へ。雑巾を捻るようにその首を──


「待ちなさい。それでも勇者なの?」


 その時だった。声が聞こえた。聞こえてクサナギは動きを止めた。

 女の声。それはどうでも良い。問題は聞き取れたことである。


 彼女は、いつの間にかクサナギと同じ建物の上に立っていた。見覚えのあるローブを着た少女。竜の巫女の装束、そのものだ。


「そういう貴方様はどちら様で?」

「私はドラゴンズケイブのアオイ。ホシムラ・アオイ上級魔法官。貴方にもわかるように言うのなら、竜の巫女に連なる者の一人」


 その少女はローブのフードをとり、美しい長髪を振り乱した。

 烏の濡れ羽色をした毛髪。クサナギが見たことのない色だ。直線的なその髪質もそう。美少女であるのは間違いないが。


 彼女が何故この場に現れたか? クサナギにはまるで理解出来ない。


「なんでこの異世界に竜の巫女が?」

「何故ならここは異世界じゃないから。ここは貴方が消えて五千年後。貴方にとってここは……未来なの」


 理解が出来ないので聞いてみた。すると少女はクサナギに答えた。ここはクサナギにとって未来だと。五千年後の遙かな未来だと。


「あー……なるほど。つまりどゆこと?」


 聞いても結局理解は出来ない。それだけはクサナギも理解出来た。

 そこで掴んでいた魔族を捨てた。無造作に。建物の屋上から。

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