第23話 破壊の終わりに


    1


 破壊神アデルダヴィス。宙に浮く要塞の如き体躯の化け物。鎧の上半身に似たそれは両の腕をゆったり広げていた。

 瘴気の靄は最早微塵も無い。蒼天に浮く姿は美しい。まるで神が降臨したようだ。彼が勝てばそれが真実となる。


 クサナギはその破壊神を見て、後ろに居たチビにお願いをした。


「チビ。頼みがある。セシリアちゃんを、出来る限り遠くに逃がしてくれ」


 必要だと理解したからである。

 その瞬間、チビは翼を広げ、セシリアを掴みその場を飛び去る。


「クサナギ……!」


 セシリアが手を伸ばした。だがその手を取るわけにはいかない。

 何者であれここに置いておけば、命を亡くしてしまうだろうから。


「待たせたな。あー、アデルダヴィス?」


 クサナギが破壊神にむき直る。

 空中に浮かぶ恐るべき者に。


「構わない。私は破壊神。お前を壊すために生まれし者」


 すると、破壊神は宣言し──両の拳を勇者へと落とした。


    2


 その頃戦場を離れたチビは、まだ全速力で飛行していた。


「下ろしてください! グラドルグ様!」

「それは聞けん。奴に恨まれる」


 セシリアは必死に抵抗するが、その速度を緩めることはない。

 チビが彼女を退避させたのは、チビ自身の意思にも寄るのである。


「それに例え我らがいたとしても、奴の足手まといになるだけだ」


 チビは理解していた。あの敵の、アデルダヴィスの恐るべき力を。


「仮に全世界の全戦力を……集めたとしても奴には敵わん」

「だとしても!」

「だからこそ、奴は退かん。世界のためでなく、お前のために」


 チビはクサナギの相棒だ。クサナギの最大の理解者だ。

 そのチビが彼の大切な物を危険に晒すことは出来なかった。

 故に誓いは必ず果たされる。世界が滅ぶとしても、その日まで。


    3


 アデルダヴィスの拳は合わさって、クサナギの頭に振り下ろされた。その力は尋常ならざる物。広域の地を容易く割り砕く。

 もしクサナギ以外の存在なら一撃で消し飛ぶ物理攻撃。


「ぬうううう。どっせい!」


 しかしクサナギは無事だった。

 その力で腕部を弾き飛ばす。


「からの……アッパーカットじゃ!」


 そして破壊神の浮いた両腕、その拳にアッパーを突き上げた。

 アデルダヴィスの拳は硬質だ。地に叩きつけても壊れぬほどに。それでもクサナギのアッパーにより、アデルダヴィスの拳は砕け散る。


 その拳は金の粒子になった。

 しかしその後が──問題である。


「治りやがった」


 拳を貫いて、上空にそのまま飛んだクサナギ。

 そのクサナギが見下ろすその中で、瞬く間に拳が修復した。


 そして、左ビンタでクサナギを──ひび割れた大地へと叩き落とす。


「私はアデルダヴィス。破壊神。お前を消し去るまで存在する」


 この破壊神は親切だ。わざわざクサナギに解説をする。

 あるいは自信からか。言ったとて、クサナギには対処は不可能だと。


「面白え。だったら試してやる」


 クサナギはその挑発を受け取り、アデルダヴィスの胸部に突っ込んだ。

 地を蹴り瞬きの間に上空へ。胸部に拳を打ち貫通する。


 クサナギは完全に貫いた。穴を穿ち体の向こう側へ。つまり破壊神には丸い穴が、胸部にでかでかと穿たれている。


 だが、次の瞬間修復された。よってクサナギも次撃に移った。

 破壊神の上方から跳び蹴り。空中を蹴ってその後頭部へ。頭部はひしゃげ、砕け、粉砕され、これが人間ならば即死である。


 しかしやはり無意味だ。修復する。元の形状へと戻ってしまう。


「弱点になりそうな場所は無しか」

「例え、全身が光と化しても、私の体は元通りとなる」

「上位版スライムか。面倒くせえ」


 クサナギは着地すると振り向いて、アデルダヴィスをゆっくりと見上げた。

 この破壊神は今まで屠った破壊神の情報を持っている。故に、クサナギに壊されることを想定した能力を持っていた。


 彼の攻撃もまた同じ事だ。炎や氷、魔法攻撃は、クサナギを傷付ける事はない。故に殴る。それすらも無意味だが、もっとも省エネな攻撃である。


「でははじめよう。不滅なる者よ」

「来いよ。死ぬまでボコボコにしてやる」


 破壊神は小さなクサナギに──ただ拳の連打を打ち付けた。

 クサナギもまたそれを拳打する。拳と拳との打ち付け合いだ。


 一発ごとに破壊神の拳、そして腕部までひび割れ砕ける。しかし、次に殴りつけるときには、完全に修復され襲い来る。


 それが何秒間続いただろう? 或いは何分か? 何十分か?

 遂に一撃の下に破壊神アデルダヴィスの全身が砕けた。それでも尚、体は修復する。だが怯んだことには変わりない。


「もっとだ。まだ力が足りてねえ」


 一方、クサナギは溜めていた。右の拳に。力を、生命を。

 クサナギとて特殊な技などない。この拳で全てを屠ってきた。もしも屠れぬ相手が居るのなら? より拳を強化するほかにない。


 その危険性に気づいていたのは、クサナギではなく破壊神であった。


「ここまでとは。不滅なる者よ」


 最後の拳をぶつけた瞬間──小さく空間が、ひしゃげていた。

 クサナギは意識などしていない。しかし、アデルダヴィスは気づいていた。


 クサナギが跳躍し飛び上がり、右の拳で破壊神を打つ。破壊神は両腕部で防ぐが、全身が砕かれて元に戻る。

 元に戻ることが問題なのだ。更に──クサナギが左拳を放つ。


 空間がひしゃげる。歪みきる。そして遂に崩壊し穴となる。


「なに!?」


 クサナギ自身驚いた。驚いて、空間に呑み込まれた。


    4


 気が付くとクサナギは浮かんでいた。星々の光が瞬く場所に。

 空間が歪みきったままの場所。元いた戦場の跡地ではない。


 そこにクサナギは浮いていた。破壊神アデルダヴィスと共にだ。


「なにしやがった?」

「なにもしていない。この現象はお前がやったのだ」


 アデルダヴィスは冷静に答えた。だが彼の体は安定しない。

 砕けては修復し、また砕ける。破壊と再生とを繰り返す。


「ここは時空の狭間。空間が、お前の力で壊され生まれた」

「ほー。そうか。俺は勝ったのか?」

「そうだ。元の場所には戻れない」


 クサナギは勝利した。それは良い。

 しかしクサナギにも問題は有る。


「で? 俺は? どうすりゃ帰還できる?」

「わからない。誰にも、わからない。既に空間は切り取られている。それを繋げ直すことは出来ない」


 アデルダヴィスがクサナギに答えた。体を徐々に崩壊させながら。


「間も無く私すら消え去るだろう」

「マジで?」

「残念だが、本当だ。体が粉砕してばらまかれる。どことも知れぬ複数の時空へ。そうなればもう元には戻らない。故に私は既に負けている」


 アデルダヴィスの様子を見る限り、その言葉が真実だとは解る。

 わかるがクサナギは壊れていない。服はバラバラになってしまったが。


「不滅なる者。お前は特別だ。勇者ではない。傷つくこともない」

「へーそうなんだ?」

「闇を払わない。ただ力で全てを制圧する」


 遂にアデルダヴィスは小さくなり、魔王の首の形へと戻った。


「もしも私にその力があれば、世界を未来永劫支配した」

「んなことしてどーすんだ? 阿呆なのか?」

「そうかもしれない。しかし、私なら……」


 その言葉を最後に消え去った。魔王の首が。アデルダヴィスが。

 残されたクサナギは浮かぶだけだ。謎の空間の中をフワフワと。


「こりゃあセシリアちゃんにどやされるな」


 その中でクサナギは目を閉じた。嬉しくて、そして悲しかった。


 後に戦場跡は人により、魔族によりくまなく調査された。だがクサナギも破壊神も無く、ただ青い空が澄み渡っていた。

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