第20話 赤と蒼、二つの破壊神


    1


 乾燥しきった赤土の大地。青き空で円を描く猛禽。

 過酷な自然の中を延々とクサナギ達は前に進んでいた。


 だが三人組での会話はない。過酷な環境とは関係なく。


「なあチビ。どうすれば良いと思う?」

「我が知るか。自分で考えよ」

「考えてもわからんから聞いてる」

「それはわかるが……我にもわからぬ」


 クサナギとチビはヒソヒソと、小声でその対策を練っていた。

 破壊神バロウドとの戦いでクサナギとセシリアはキスをした。それはそれで素敵なことのはずだ。しかしそれ以来ギクシャクしている。


 この瞬間も前を歩いているセシリアの放つオーラは異様だ。話しかければチビもクサナギも──恐らくはただでは済まないだろう。


「勇者よ。男らしくお前が行け」

「いや、ここは竜の王に任せた!」

「こんな時だけそれを持ち出すな!」

「いつもいつも勇者頼みのくせに!」


 そこで二人はなすりつけ合った。セシリアに声を掛ける大役を。

 もっともヒートアップしすぎていて、セシリア本人に聞こえていたが。


「二人共。どうかしましたか?」


 セシリアがゆっくりと振り返る。本当にゆっくりとゆっくりと。

 声のトーンは普段と変わらない。変わらないことが、むしろ恐ろしい。


 二人が見た彼女の表情は──悪魔も逃亡する物であった。


    2


 その頃──彼等の向かう先は自然ではない景色となっていた。

 赤熱し溶けかけた地面や岩。燃えさかる炭化しかけた植物。一方で馬車ほど大きな氷。雪が降り積もっている箇所もある。


 極端な高熱と低温とが、織りなすマーブル模様の景色だ。この世の物とは思えぬ領域。誰もが一目で危険だとわかる。

 しかし、その中を一人の子供が怯えつつも前へと進んでいた。


 荒野に住む民の子供だろうか。白っぽい独特の服を纏う。その手には少年の手には余る、反りのあるナイフが握られている。


 この現象を引き起こす者には及ぶべくもないか弱き存在。それを哀れに思ったのだろうか? 唐突に一つの声が響いた。


「去るが良い。弱き人間の子よ。ここは貴様がいる世界ではない」


 どこか無機質で平坦なる声。

 少年は見回すが主はいない。


「父さんと母さんはどこに行った!? 返せ! お父さん達を返せ!」


 だが近くに居るのは間違い無い。そこで少年は声へと叫んだ。

 すると微かに笑い声が聞こえ、そして再び声が話しかける。


「先ほど排除した者の子孫か? ならばその行動は理解出来る」

「皆をどうした!? どこにやった!?」

「その者達ならば目の前に居る」


 声は示唆した。少年にとっては──知らない方が幸せであったが。

 少年の家族は氷の中に、或いは炎の中で焼けている。


「うわああああああああ!」


 極度の恐怖と、そして怒りと。少年はおかしくなり泣き叫ぶ。

 その前に遂に現れた。この惨状を引き起こした者が。


「それで、どちらがお前の仇だ?」

「せめて同じように命を絶とう」


 人間サイズの破壊神。それは二体が対になっていた。


    3


 結局、まともな会話もないままクサナギ達は目的地に着いた。

 クサナギは今、炎と氷とがまばらに存在する中に居る。


「おー。楽しい事になってんな」


 その中を興味深く眺めつつ、破壊神の居る方角に進む。

 一方、その頃セシリアとチビは、離れた場所でピリピリとしていた。セシリアはまだ機嫌の悪いまま。だが、今ならクサナギに聞こえない。


「セシリアよ。悩みがあるのなら……今話せ。奴には聞こえまい」


 そこでチビは意を決して聞いた。

 チビはクサナギの相棒であるが、一応は中立の立場である。相談に乗ることが出来るのは、チビを置いて他には居ないだろう。

 無論、セシリアが話すかどうかはチビにとっても未知数であったが。


「私はただ怒っているだけです。私自身の性格の悪さに」


 セシリアはチビを見ず、そう返した。

 だが、チビはまだ理解しきれない。何故彼女が彼女に怒るのか?


「何故だ? 我も人格者ではない。だがそこまで憤ることはない」

「私はただ……嫌なのです。クサナギが傷ついてしまうことが」


 そこで彼女はようやくチビを見た。非常に悲しそうな表情で。


「私は、竜の巫女として、クサナギを戦に導きました」

「世界を救うためだ」

「そうですが、彼を傷付けたのは事実です」


 セシリアは胸へと手を押し当てる。


「愛する人を傷付けたくはない。それが人間という種族です。ですが私は戦いに誘う。それが彼と私の関係性」


 チビは彼女の話した言葉から、それ以上の内容を汲み取った。

 もし、クサナギが勇者でなかったら二人が出会うことなどはなかった。もし、セシリアが巫女でなかったら──クサナギが一緒に居る意味はない。


 彼女は強く思い悩んでいた。

 しかし、チビは安心して笑った。


「安心するが良い。奴は勇者だ。傷つくことを恐れたりはしない。そして、奴はお前にぞっこんだ。お前が望むならば共にいる」


 チビは内心で考えた。二人は存外相性が良いと。


「私は真面目に相談したのに、今変なことを考えたでしょう?」

「いいや。我は常に誠実だ。変なことなどを考えはしない」


 セシリアは少しだけ不満そうだ。しかし有意義な話し合いだった。

 もっともクサナギが敗北すれば全ては水泡へと帰してしまう。


 勇者クサナギの前方に──突如炎と吹雪が渦を巻く。


「勇者よ。よく我らの元に来た」

「歓迎する。この存在を持って」


 そしてその内部から出現した。赤と青、二人の破壊神が。

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